オーナーの裁定
ジークさんの放ったシュートは、MIEのキーパーの左手側をグラインダーで飛ぶ。
「枠に、行ってますね。まずは、GIFUが先制ですか……」
「ウチがこじ開けられなかったMIEのディフェンス陣を、ジークさんが撃ち破るのか」
オリビさんやアルマさんと同様、ボクもシュートは決まると思っていた。
「あの程度のシュートで、アグスが点を取られるワケが無いだろう」
ボクたちの後ろから、いきなり声がした。
「み、壬帝オーナー!?」
「も、戻られたんですね……」
慌てて後ろを振り返り、驚くアルマさんとオリビさん。
ボクも振り返ると、そこに立っていたのは、エトワールアンフィニーSHIZUOKAのチームオーナーである、壬帝 輝流(みかど シャル)さんだった。
「まったく……情けない試合をしてくれたものだな、お前たち」
苦い表情のオーナーに、言葉の無いボクたち。
直後に背中から、選手たちの落胆の声が聞こえる。
もう1度、身体を180度回転させると、ジークさんの放った渾身のシュートが、MIEのキーパーにキャッチされていた。
「左の足元を狙ったシュートを、キャッチで止めるなんて!?」
「普通のキーパーなら、完全に決められているところですよ」
アルマさんとオリビさんも、キーパーのスーパーセーブに驚いている。
「言っただろう。ヤツの名は、奥多 愛楠(おくた アグス)。老いぼれたフォワードのシュートなど、簡単に止めてしまう能力を持った逸材キーパーだ」
シャルオーナーは、アグスさんのコトを詳しく知っている口調だ。
「オーナーは、彼のコトを知っているのですか?」
「オレの求める理想は、データに基づいた科学的なサッカーだ。相手選手のリスペクトなど、当然のように行なっている」
オリビさんの質問に、厳しい顔で答えるシャルオーナー。
アグスさんのパントキックで、ボールは左サイドのハリアさんへと展開されていた。
「お前たちこそ、フルミネスパーダMIEと対戦して置きながら、アグスの能力を把握できていないとはな。6-0などと情けないスコアからすると、カイザの統率するディフェンスラインすら、突破できていないのだろう?」
「そ、それは……」
「申し訳ありません」
シャルオーナーの言葉は図星であり、謝るしかない2人。
ボクたちは、カイザさんのラインコントロールの前にチャンスらしいチャンスも作れずに負けた。
アグスさんがボールに触れたのは、オフサイドになったイヴァンさんのシュートくらいで、それ以外は殆んどプレイに絡んでない。
「呆れた話だ。いくら監督もオレも居ない状況だったとは言え、相手キーパーに仕事すらさせずに大敗を喫するなど言語道断だぞ」
オーナーの言葉は、ボクの胸にも突き刺さる。
その責任は、ボクにもあったからだ。
「今のままでは、リーグ優勝どころか昇格すら危うい。大幅な改革が必要だな。とくにMIEのフォワードであるバルガ・ファン・ヴァールは、ハンパ無い個人能力を持っている。直近の補強ポイントは、フォワードで決まりだな」
「ま、待ってくれよ、シャルオーナー。確かに練習試合で結果は出せなかったが、オレだって調子さえ良ければ幾らだって点が取れるぜ!」
オーナーを見つけたからか、クラブハウスの階段を昇って来たイヴァンさんが言った。
「そう言うコトは、結果を出してから言うべきだ。オレたちは、結果を残せた無かった」
同時に階段を昇って来た、もう1人のフォワードであるランスさんは逆に、反省の弁を述べる。
「そりゃ、ロクなパスが来なかったからだぜ。チャンスらしいチャンスすら作れなかったじゃねェか」
「確かにそれはあるが、相手のラインコントロールが素晴らしかったからだ。サイドですら単純な裏抜けなど、一切許してはくれなかったからな」
熱血漢のイヴァンさんが言うように、フォワードが点を取れなかったのは、ボクや中盤が有効なパスを入れられなかったからだ。
冷静なランスさんの言う通り、MIEのボランチとバックラインによって、ボールを入れる場所(スペース)もタイミングも、殆んど無かったのは正直なところである。
「イヴァン、お前をウチで使う気は無い。ランス、お前には期待していたが、今日のようなプレイではウチに居場所が無くなると思え」
シャルオーナーは、2人のフォワードの招来に関わる重大事項を言い渡した。
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