真の勇気
クラブハウスの2階の階段踊り場から試合を観戦する、ボクとオリビさんとアルマさん。
ボールを持った、1FC(エルストエフツェー)ウィッセンシャフトGIFUのボランチであるアインさんが、ゆっくりとドリブルを始める。
対するMIEは、陣形を整えたまま待ち構えていて、あまり動かない。
「MIEは高い位置では、相手にフリーにボールを持たせるんですよね」
「そうだね、オリビ。中盤の攻撃的ミッドフィールダー2枚が、ドリブルコースを限定してるくらいだ。でも、そろそろ動きだすよ」
アルマさんが指摘した通り、MIEのフォワードや攻撃的ミッドフィルダーが動いた。
「ゾーンで護るMIEは、相手が一定の場所に入ったらプレスに行くとの、約束事があるみたいだね」
「まず前線の選手でドリブルやパスのコースを限定させておいて、ボランチがプレスをかける……」
「そして決まって最初にプレスをかけるのは、ネロ。スッラは、相手の隙を狙っているんだ」
アルマさんとオリビさんが解説してくれた、MIEによる『ボール狩り』の手法。
ボクもMIEのボランチの動きによって、何度もボールを奪われたんだ。
ピッチに立って対峙してみると、正直、突破なんて不可能に思えた。
「アインが、動くよ……」
長身で細身な印象さえ受けるアインさんが、ロングシュートを放つ。
ボクの目には、最初はそう見えた。
「シュートですか!?」
「いいや、違うね。ロングパスだよ、オリビ」
「パスって、このスピードでパスですか!?」
「ああ、そうだよ。アインのジャックナイフと呼ばれる、ロングパスさ」
オリビさんとボクの意見を退けたアルマさんが、厳しい顔で呟く。
強烈なロングシュートのような凄まじいスピードのパスが、フォワードのジークさんの足元に通った。
オフサイドの笛は、鳴らない。
アインさんは、MIEがプレスをかけようとした瞬間、鋭利なパスを通したんだ。
「中盤の底からの、30メートルはあろうかと思われるロングパス。それを相手ディフェンスラインの裂け目に、ジャックナイフのように突き刺すんだ」
「で、ですが、こんなパスを受けられるフォワードも、並大抵の能力じゃ無いですよね」
「そうだね、オリビ。柴繰 蒔郁(しぐる ジーク)は、決して器用なフォワードではなかったケド、それでも失敗を恐れずにゴールを狙い続けて来た。あらゆるパスを受け、その多くをゴールに繋げたんだ」
ボクも、ジークさんの全盛期を知っている。
当時のボクは、学校でイジメられていた。
でも、ジークさんのプレイを見てると、自然と勇気が貰えたんだ。
その頃のボクは、勇気とは強い力を持った人間のコトだと思っていた。
けれどもジークさんを見ていると、それは違うと思い始める。
「ジークが、シュート体制に入るよ」
「カイザやマグナのプレスも、間に合いませんね……」
MIEの誇る5枚のバックラインも、シュートコースに入れない。
ジークさんは、自分の下手さや弱さを知っていた。
シュートやドリブルの技術だって、他のフォワードよりも上手くはない。
MIEのバルガ・ファン・ヴァールのような、抜群の身体能力を持っているワケでも無かった。
「MIEのキーパーは、動きませんね」
「バックラインの裏に、完璧なパスを通されたんだ。前に出るタイミングなんて、無かっただろうね」
でも、ジークさんは当時、Zeリーグで誰よりも点を決めていた。
最強チームで、最強の中盤のサポートを得られたのも事実だろう。
けれども……最強のチームで、ずっと使われ続けた選手なんだ。
「シュートまで持って行く基本的なプレイを、忠実にこなしてますね」
「全盛期から衰えたとは言え、この辺は流石だよ」
ジークさんを一言で言えば、魂で戦うストライカーなんだ。
自分の弱さを認めた上で、それでも相手に立ち向かって行く強い意志。
失敗しても、成功するまで諦めない心(ハート)。
それこそが、『真の勇気』だと教えてくれた。
小学生のボクの憧れだったジークさんが、渾身のシュートを撃った。
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