樹莉 海斬(じゅり カイザ)
フルミネスパーダMIEに来るまでは、フォワードをやっていたと豪語したトラヤさん。
カットインから放ったシュートも、フォワードらしいゴールの左下を狙った豪快なモノだった。
「ヴォーバン!」
ヴィラールさんが、大声を張り上げる。
「pas de Probrem(問題ない)!」
黒人のキーパーは、天性のバネで横っ飛びをしてシュートを弾く。
ヴィラールさんがこぼれ球を、すかさず前線にフィードした。
「ナイスです、ヴィラールさん!」
オリビさんが、ボールをトラップする。
そこに、ネロさんがチャージを仕掛けた。
「オラ、そのボールを寄こせ!」
ショルダーで当てて、オリビさんを押し倒すネロさん。
『ピーッ!』
審判の笛が鳴った。
「ああ、なんで今のがファールなんや。コイツが、勝手に倒れただけだろうがッ!」
「いいえ、ファウルです。これ以上の暴言は、カードの対象になりますよ」
審判を務めるヒルデさんは、毅然とした態度で対応している。
今のは、ネロさんの言い分が正しい。
オリビさんの倒れ方が、上手かったんだ。
トラップしたと同時に、チャージを受けるようにして倒れたから、ヒルデさんの眼からは押されたように見えたんだ。
「ねーちゃん、どこ見てんねん」
「ネロ、それくらいにして置け」
「わーてるって、スッラさん。ボランチは、相手を苛立たせるのも仕事やからな。自分が熱ゥなって、どないする言う話や」
相方のボランチが仲裁に入ったコトで、ネロさんはカードを出されるのを免れる。
ネロさんのファウルによって、ボクたちエトワールアンフィニーSHIZUOKAに、セットプレーが与えられた。
すると、オリビさんが寄って来て、ボクに耳打ちする。
「ロラン、ボールはキミが蹴ってくれ。MIEのディフェンスは、想像以上に強固だ」
ボクは、コクリと頷いた。
さて、どうしよう。
前線には、相変わらずイヴァンさんが、オフサイドラインも気にせずに立っている。
けれども今は、セットプレーと言うコトもあり、相手のディフェンスラインも深い。
フルミネスパーダMIEのファイブバックも、強固と言えど背の高い選手はそこまで多く無い。
イヴァンさんの、頭を狙ってみるか。
屈強な身体のイヴァンさんなら、競り勝ってヘディングシュートを狙えるかも知れない。
ボクは、相手のセンターバックにマークされたイヴァンさんに、浮き球のボールを出した。
瞬間、MIEのファイブバックが一斉にラインを上げる。
今までラインなど気にせず、マークする相手を見ていたサイドバックまでもが、センターバックの指令と共にバックラインを押し上げたんだ。
『ピーッ』
ラインの後ろに、1人残されたイヴァンさんが、ボールを受けて強烈なヘディングを放つ。
すでにオフサイドと解っていての、プレーだ。
けれども相手キーパーは、ポジションから1歩も動くコトなく、ボールを処理する。
ヒルデさんが、イヴァンさんの元に駆け寄り、イエローカードを掲げた。
不服そうなイヴァンさんだケド、本人も完全にわかっての抗議だろう。
「ヤレヤレ、MIEは恐ろしく強固な、ディフェンスラインを構築して来たね」
オリビさんが近くに来て、ボクの後ろのアルマさんに向かって言った。
「そうだね、オリビ。5枚のディフェンスラインを揃えるなんて、かなりの統率力が無きゃ、出来やしない芸当だよ。それを簡単にやって退けるのが……」
アルマさんの温厚な眼が、5枚のバックラインの中央の選手に向けられる。
「樹莉 海斬(じゅり カイザ)。全てを統率する、リベロだよ」
正直、ボールを出したボクは、まさかイヴァンさんがオフサイドになるとは思っていなかった。
けれども、助走からボールをインパクトする僅かな時間の間に、バックラインは整然と押し上げられ、イヴァンさんは裸の王さまみたいにただ1人、オフサイドポジションに取り残される。
「カイザ……確かけっこう前に、高校の冬の大会で優勝してましたよね」
「そうだね、オリビ。ボクは、彼のプレーにも憧れていたんだ。よく覚えているよ」
アルマさんが、言った。
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