ライブの中の奇跡
ユークリッドのアイドルたちのデビューライブは、成功裏に幕を閉じた。
ユークリッターを始めとするSNSの話題は、鮮烈なデビューを飾ったアイドルたちに独占される。
「どのチャンネルも同じ内容ばかり。これじゃ、チャンネルを変える意味がないじゃないか」
ボクはと言うと、時代遅れのテレビに文句を吐きながら、出勤の準備をしていた。
日曜日がライブで、未遂に終わったとは言えドローンによる襲撃事件があったからか、月曜日と火曜日の授業は全てキャンセルとなる。
「なんだか、久しぶりの授業な気がするな」
今は水曜日の午前中で、ボクは遅めの朝食を食べていた。
メニューは、昨日作った豚汁の残りと、スーパーの特売日に買った卵を使った卵かけご飯だ。
「それにしても、レアラとピオラには驚かされたな。まさか、あれだけの観客を動員したドーム会場で、自分たちもライブをしながら、手術までやってのけるなんて」
味付けのりを、黄色く染まったご飯の上に乗せ、口の中へとかき込む。
豚汁で口の中を空にして、リモコンでテレビのチャンネルをガチャガチャと変えた。
「少なくともテレビでは、カトルの心臓手術のコトはやってないようだな」
レアラとピオラによる手術を受けていたのは、星色の金髪の双子姉妹の姉である、カトルだ。
デビューライブのトリを務めた2人は、最後のステージでカトルを魔物の十字架にかける。
魔物は節手をいくつも伸ばして、カトルを手術した。
「アレが、ホントの心臓手術だって聞いたときは、こっちが心臓が飛び出る想いだったよ」
空になった食器を洗いながら、食後のコーヒを用意する。
カップを持ってソファに腰かけ、スマホを開けた。
「こっちも、話題になってないな。やはり殆んどの観客が、手術はステージ演出だって思ったんだ」
ユークリッドの開発した優秀なSNSアプリである、ユークリッターを確認する。
安物のインスタントコーヒーを口へと運び終えると、自宅の天井を仰ぎ見た。
「前に住んでいたアパートと比べたら、ずいぶんと高い天井だと思ったケド、あのライブを体感した後だと低く感じると言ったら、アロアとメロエに怒られるか」
ボクは、一昨日(おととい)の出来事を思い出していた。
~時は、2日ほど遡(さかのぼ)る~
「久慈樹社長。今日はどういった用件で、ボクは呼び出されたのでしょうか?」
直線と四角形を基調とするデザインの、ユークリッド本社ビルの社長室に立つボク。
最初は緊張した社長室も、今は呼び出される理由がなにかと緊張する。
「キミの生徒、白鷺 佳斗瑠(しらさぎ かとる)の心臓手術が、成功していた」
背中を見せていた社長が、椅子を回転させ言った。
社長の椅子の向こう側の窓には空が広がり、並ぶ高さと言えば天空教室のある超高層タワーマンションだけだ。
前の日にライブで盛大に盛り上がったドーム会場も、遥か下に位置する。
「えっと……今、なんと?」
「だから、キミの生徒の心臓手術が、成功していたんだ」
久慈樹社長は、ボクの脳の理解が追い付かない答えを、もう1度言った。
「カトルの心臓の手術って、いつ行なわれたんですか!?」
「昨日だよ……」
「昨日っって……ライブが行われていましたよね?」
「ああ、キミとは同席したじゃないか」
「ってコトは、まさか!?」
「ああ、そのまさかだよ。手術はライブ中に行なわれた」
そう聞いたとき、ボクには心当たりがあった。
昨日のライブで、カトルを魔物の十字架にかけた2人。
「レアラと、ピオラが!?」
ボクの問い掛けに社長は、コクリと頷いた。
「彼女たちは、ボクやキミ、大勢の観客たちが見守る前で、専門医すらサジを投げる高度な心臓の手術をやってのけたのさ」
社長は、小さな瓶をボクに向かって放り投げる。
「こ、これは?」
瓶をキャッチしたボクは、中身をマジマジと確認する。
「彼女の心臓に食い込んでいた、金属片だよ」
「そ、それじゃあ、カトルは……!?」
「ああ。まだ経過観察が必要だが、健康を取り戻したのじゃないかな」
それを聞いたボクは、社長室の中で歓喜した。
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