熱田 折火(あつた オリビ)
ボクに向かってバシャバシャと、カメラのフラッシュを炊く人たち。
喉を傷めてるコトになってるケド、オリビって人、上手くやってるれるかな?
ボクは一言も喋らないで済む未来を、心の底から願った。
「ロランは、華麗な技巧を得意とする、芸術的な中盤の将軍ですよ」
オリビは得意気に、ロランのコトを紹介する。
「サッカーに詳しくない我々にとって、いささか言葉が抽象的ですな」
「もう少し、詳しく教えてくれませんか?」
記者たちはオリビから、もっと詳細な情報を引き出そうとしていた。
「そうですね。では、本人の口から直接……」
ええ、なに言ってるの、オリビ!?
ボクがこんな大勢の人前で、喋れるワケないじゃないか!!
ボクはそんな目で、隣の席の美男子を睨む。
「オッと、喉を傷めているんでしたね。ロランは、スルーパス、ミドルシュート、フィニッシャーとしての能力、フリーキックの能力、ゲームコントロール、全て揃った選手です」
「まるで、万能選手(マルチプレーヤー)ですな」
「ですが器用貧乏ってコトは、ないのですか?」
芸能記者にありがちな、悪意ある質問をぶつけて怒らせ、情報を聞き出そうとする記者。
「まあ、試合を見れば解かるコトですよ。彼がどれだけ、高いレベルで優れているかをね。少なくとも、アタッカー(攻撃的選手)としては万能選手って言葉も、あながち間違いではありません」
記者の質問を、涼しい顔でかわすオリビ。
けれどもその言葉には、圧倒的なロランに対する信頼が潜んでいた。
「監督に関しましては、フランスのマドレーヌ フォーシュルヴァン氏を予定しております」
記者会見の終焉を告げるかのように、オーナーのシャルさんが質問を締めくくる。
「ロランくんには少々お騒がせとなってしまいましたが、以上で記者会見は終了です」
初老の紳士が、穏やかに言った。
「待って下さいよ、日高オーナー」
「彼らには、まだ聞きたいコトがあるんですが……」
「少なくとも、あともう1チームについてなにか情報を……」
「名古屋に拠点(フランチャイズ)を置くもう1チームについては、追ってお知らせをさせていただいと思っております」
シャイ・ニー事務所のオーナーであり、クラウド東京スカーフェイスのオーナーでもある日高 成瓢(ひだか せいひょう)が、記者会見を温和な表情で終わらせた。
日高オーナーが席を離れると、記者やカメラマンたちも、諦めて帰り支度を始める。
少なくとも、ボクの祈りは通じたワケだ。
「キミ……悪かったね。面倒ごとに、巻き込んでしまって」
隣の席の、オリビが言った。
ボクは、コクリと小さく頷く。
少なくともオリビは、苦手なタイプじゃ無さそうだ。
「実はロランのヤツ、日高オーナーや今のチームと、色々とあってね」
肝心な部分を、ぼかした言葉を選ぶオリビ。
「申し訳ないが、もう少しだけロランのままでいてくれないか?」
ボクは、少し考えたあと頷いた。
オリビは悪い人間には見えなかったし、記者会見じゃボクのコトを助けてくれたからだ。
「日高オーナーは忙しい人だから、このまま東京へ戻るんだろうケド、シャルオーナーは厳しい人だからな。もしかしたら遅刻も含めて、怒られるかも知れない」
う、うわあ、重要な情報を後出し……!?
やっぱサッカー好きって、あんま良い人いないよね。
仕方なく、ボクはオリビと共にホテルの更衣室に戻った。
案の定、待ち構えていたシャルオーナーに、厳しい言葉でこっ酷く叱られる。
けれどもホントは自分の責任じゃないので、耳を素通りして行った。
着替えを終えるとボクは、エトワールアンフィニーSHIZUOKAの選手たちと共に、エレベーターに乗る。
長身のヴィラール選手らも押し込めたゴンドラは、なんとか地上まで辿り着く。
「シャルオーナーとは、どうやらここで別れるようだ。まだ手続きやらが、あるんだろう」
オリビが言った。
「キミ、名前はなんて言うんだ?」
……ええ、いきなり!?
そう言えばボクは、ロランのフリをしていただけで、自分の本名を名乗っていない。
オリビとしては、当然の問いなのだろう。
ボクはなんとか言葉を吐き出そうと頑張ったが、言葉で出てくる前に集合がかかった。
ホテルの入り口を出ると、エトワールアンフィニーSHIZUOKAのエムブレムとロゴの入った、大きなバスが待ち構えていた。
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