1万年のタイムトラベル
舞人たちは、カル・タギアの政治中枢として機能し始めた、御殿に赴(おもむ)いていた。
パテラと名付けられたラ・サを、シドンやギスコーネに紹介する為だ。
「何とも、興味深い話だな。この娘が、アト・ラティアが生み出した重機構天使(メタリエル)と呼ばれる、超兵器とはな……」
若き海洋生物学者であるシドンは、褐色の肌に白い髪の少女をマジマジと観察する。
「だが話を聞けば、敵とも味方とも付かない中立的な立ち位置の重機構天使の、部下なのだろう?」
バルガ王の実弟であるギスコーネが、パレアナとそっくりな少女に疑念を抱いた。
「懸念を持つのは、解るがの。戦力になるのであれば、それに越したコトはないのじゃ。悪いがご主人サマよ。その辺りのコトを、詳しく聞いてはくれぬか?」
「わかったよ、ルーシェリア。パテラ、キミはボクたちの味方なのか?」
ルーシェリアの提案通り、パテラに問い掛ける舞人。
『わたしは、トゥーラ・ン様にお仕えする従者。トゥーラ・ン様のご命令によって、アナタにアト・ラティアの知識を与える役割を得ました』
「つまり、トゥーラ・ンって重機構天使の命令が解除されれば、ボクの元を去るってコト?」
『その通りです』
「じゃあ、命令が解除されるまでの間は、ボクたちの味方で居てくれるのかな?」
『わたしは、舞人さまの危機は救うつもりですが、他の者たちの生命を守る義務は負っておりません』
パテラは、悪びれもせずに答える。
「ボクたちがピンチになっても、助けてはくれないのか」
「フムゥ、残念じゃが仕方あるまいの」
スプラとルーシェリアは、ため息を付く。
「やはり、戦力としては到底考えられないな」
「イヤ、そうでもありませんよ、ギスコーネ」
「なに、どう言うコトだ、シドン?」
海底遺跡では敵対していたシドンとギスコーネも、カル・タギアの内政財務をこなすウチに、気の知れた仲となっていた。
「端的に言えば、因幡 舞人と組ませれば、戦力に成りうると言うコトだ」
「なるホドな。しかしこの少年が、重機構天使とやらを遣いこなせるのか?」
ギスコーネの訝しげな瞳に、蒼い髪の少年が映る。
「この者の実力は、アナタも知っているでしょう。我々が無事に天空都市から帰還できたのも、彼の力に寄るところが大きい」
「確かにな。これは、失礼をした」
「い、いえ……」
ギスコーネに謝罪された舞人は、恐縮した。
「それよりも、わたしとしてはパテラの持つ、アト・ラティアの知識の方に興味を持っている」
「流石は、学者と云ったところじゃの」
「ねえ、ダーリン。代わりに、聞いてあげたら?」
「そ、そうだね。じゃあパテラ。アト・ラティアについて、教えてくれるかな?」
『解りました。ですが、知識を授けるのはアナタだけとなります』
そう告げると、パテラは舞人の首筋辺りを右手で触る。
「うわ、なんだ……これ!?」
舞人の脳裏に、かつてのアト・ラティアの情景が浮かび上がった。
海原に浮かぶ宮殿を中心に、同心円状に広がる海洋都市。
広大な領域には、均整の取れた白い建物が立ち並ぶ。
「ボ、ボクは、宙に浮かんでいる!?」
舞人の意識は、街の上空に浮かんでいた。
「も、もしかして、下に広がっているのは!?」
自分の手足を見ると、薄っすらと透けている。
『はい。ここは、1万年前のアト・ラティアの街です』
声のする方を見ると、パテラも宙に浮かんでいた。
「1万年も前なのに、ここまで国が発展しているなんて……」
街の海に近いエリアには、白い風車が羽を回している。
街の中心には、天を突くような巨大な建物が、まるで世界樹のように聳(そびえ)えていた。
『まだ平和だった頃の、繁栄を謳歌している時代のアト・ラティアです』
重機構天使の慈愛の瞳が、下界の様子を伺う。
街の通りを、元気に走り回る子供たち。
飲食店では、お洒落な服に身を包んだ女性たちが、女子会に花を咲かせている。
「こ、こんなのってまるで……理想郷じゃないか……」
古びた教会に育った舞人は、本音を吐き出した。
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