オリビの助け船
「アレ……ぜったい、カーくんだよね!?」
ボクの家のリビングで、幼馴染みの女のコが薄型テレビを、目を皿のようにして見入っている。
「なんで、なんで、なんで、なんで。マジ、マジ、マジ、マジィ!?」
ソファから立ち上がって、リビングを右往左往する奈央。
「そ、そうだ。スマホかけてみよっと」
スマホを取り出し、御剣 一馬の連絡先をタップする。
「やっぱ、出ない。カーくん、今はユニホーム姿だし、スマホ持ってないのかな?」
案の定、カズマのスマホはホテルの控室で鳴っていた。
「カーくんのチームって、デッドエンド・ボーイズだったよね。もしかして、わたしに内緒で移籍した……なんてあるワケないか。カーくんに、そんな交渉力無いモン」
そんな幼馴染みの見つめる画面には、真顔で目を開けたまま気絶する寸前の一馬が映っている。
「あの~、ホントに体調が悪いのですか?」
「先ほどから、表情1つ変えずに正面を見ていますが?」
「そろそろ、なにか喋っていただかないと……」
2分くらい無言の一馬に、痺れを切らした記者たちから出る催促の声。
「どうした、ロラン。お前はウチのキャプテンだ。失礼な態度は、許されんぞ」
物腰が穏やかだったチームオーナーのシャルも、表情を曇らせる。
マ、マズイ。
みんな、ボクのコトをロランだと、本気で思っちゃってる。
早く違うって、言わないと……。
でも、今さら言っちゃダメなのか!?
本物のロランは、どんな人なんだ?
なんだか外国の人みたいな名前だケド……ゼンゼン解らんない!
冷静無比な顔の裏で、とてつもなくパニックになる一馬。
「キミ……ロランじゃないね」
すると、先ほど隣から聞こえた小さな声がした。
……え?
目だけ動かして、横を見るボク。
美形なマッシュルームカットの男の人と、目が合う。
「ボクは、オリビ。詳しい事情は解らないが、暫(しばら)くそのままロランを演じてはくれないか?」
ど、どど、どうしよう!?
「助け船は、出すよ。キミは、それらしく頷いてくれればいい」
オリビの提案に、ボクはコクリと頷いた。
「本当にどうしたんだ、ロラン。記者会見に遅れた挙句、一言も発せないともなれば、処分は……」
「オーナー。どうやらロランは、喉を傷めているようです」
シャルとか言う人の話を、オリビが遮る。
「喉を傷めて……本当なのか、ロラン?」
そう言われて隣を見ると、オリビが小さく頷いていた。
慌ててボクも、頷く。
「そうなのか、まったく。体調管理もプロサッカー選手として、最優先で求められる能力だと言うのに」
「オーナー。選手紹介は、ボクが代わりにやりましょうか?」
「ああ。悪いが頼むよ、オリビ」
このオリビって人、しっかりしてるな。
ボクも見習いたいところだケド、まあムリだよね。
「では、ボクが代わらせていただきます」
目の前にあった大量のカメラのレンズが、一斉に隣に向かってくれた。
「ボクは、熱田 折火(あつた オリビ)。ボランチをやらせて貰ってます」
へェ、オリビさんはボランチなんだ。
「ボクと同じく、ボランチを組むのがチームの重鎮、弦班 有馬(つるはん アルマ)選手です」
オリビの紹介に、一馬の後ろにいたスキンヘッドの人物が立ち上がる。
「アルマだ。わたしは別のチームでの話になるが、シャルオーナーとも共にプレーした経験がある」
「そうなんです。アルマさんはZeリーグのトップリーグで、200試合以上も出場されたプレーヤーなんですよ」
弦班 有馬(つるはん アルマ)……ボクも知ってる選手だ。
攻守に献身的に動く、ボランチの見本みたいな人だよ。
一時は、日本代表に名を連ねた人なのに、今年は地域リーグでプレーするのか。
「続いては、外国人枠の紹介です。キーパーの、ドミニク ヴォーバン選手、リベロの、アベル ルイ ヴィラール選手、同じくリベロの、アルセーヌ ド ヴァンドーム選手です」
最後列の3人の長身選手が、慣れなさそうな会釈をする。
ええ、ヴォーバンって言ったら、リヨンにあるチームの鉄壁のゴールキーパーじゃないか!?
ヴィラールは、パリのチームの不動のリベロだし、ヴァンドームもボルドーにあるチームのリベロだ!
「3人とも国籍はフランスで、ヨーロッパの市場価格でも2~30億は降らない、一流の名プレーヤーたちですよ」
オリビの紹介に、カメラマンたちは必死にフラッシュを炊き始めた。
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