千年後の食事
ボクと黒乃は、ブリキの兵たちによって、それぞれ別の牢獄へと閉じ込められる。
赤茶けた錆が浮かんだ床に、ボロボロのベッド。
洋式のトイレは汚物で汚れ、部屋は悪臭に満ちていた。
「参ったな。ボクはどうして、あんな強気な発言をしてしまったんだ」
ベッドに座って頭を抱えたものの、あとの祭りである。
「黒乃……ミネルヴァさんにも、迷惑をかけたよな。どうする?」
立ち上がって狭い部屋を歩きながら、思案をしてみたものの妙案など思い付かない。
「それにしたって、いきなりの牢獄かよ。裁判とか法廷は、存在しないのか?」
再びベッドに座って辺りを見渡すも、部屋の酷さが目に映るばかりだった。
「そんなモノは無いさ、若いの。ま、若いのは声だけかもって気はするがな」
隣の牢獄から、しゃがれた男の声が聞こえて来る。
「だ、誰です……今の時代の地球は、裁判すらされないとでも?」
汚らしい壁に向って問いかけると、同じ声で返って来た。
「裁判なんてのは結局のところ、凡例の積み重ねだからな。だったらあえて、人間同士が長い時間をかけてやる必要も無いワケさ」
「AIかアーキテクターが、一瞬で判決を降すってコトですか?」
「まあな。どの道シャバに出たところで、今のこの惑星は地獄だぜ。だったら死ぬまで、刑務所の中で暮らす方が合理的だろ?」
やる気のない声が、ボクにそう告げる。
火星で見た近未来の人類の姿とは、真逆の環境が地球にはあった。
「アナタは、人間なんですか?」
「人間って言やあ、人間なんだろうがね。果たして人間と評価されるかはまあ、甚(はなは)だ疑問が浮かぶがね」
鉄格子の窓の外は、真っ黒な雨が降り続いている。
有害物質に汚染された海が大きく波打ち、浸食された陸地をさらに削っていた。
「名前を聞いても、良いですか?」
「さあな。ンなモン、とっくに忘れちまったよ」
「それじゃあここは、なんて刑務所なんですか?」
「巣鴨プリズン……と言いたいところだが、とっくに汚ねえ海の底だからな」
巣鴨に昔、刑務所があったコトなど知らないボクは、会話の意味が解らなかった。
「牛頭(ごず)刑務所だ」
「ゴズ……?」
「牛の頭と書いて、ゴズ。この辺りにあった、二ホンって国の言葉なんだと」
「そう……ですか」
壁の向こうの男は、コミュニケーションリングでも着けているのだろう。
それからも色々と質問したが、情報はどれも正確だった。
「兄ちゃん、ここから抜け出す気かい」
「どうして、そう思うんですか?」
「質問に質問は、反則だぜ。ま、いいか。なんだか外に、未練がある気がしてな」
「牛頭刑務所に収監されてる人たちは、そうじゃないと?」
「無ェよ。むしろ、地球に残ったヤツらの殆どが、現世に未練なんて無ェのかも知れねぇな」
「ボクは、外に未練あります。でも、そんな話しちゃマズいですよね」
「気にするこたぁ、無ぇさ。ここに収監されてるヤツらは、無気力なヤツばかりでな。警備なんか強化しなくたって、誰も逃げ出そうとすら考えない」
要するに、警備は手薄ってコトだろう。
会話に関しても、盗聴されていないのかも知れない。
『ショクジ ダ。ジカン ハ ニジュップン ダ』
暫(しばら)くすると、ブリキのアーキテクターが、食事を運んで来た。
分厚い扉のドアポストに、カランと何かが落ちる。
取り出してみると、軍用食のようなランチパックだった。
「刑務所の食事なんて、期待はしてなかったケド、それでもこれは酷いな」
固いパサパサのパンに、ゼリー状の主菜。
それ意外は箸もフォークもなく、20分なんてかかる量でも無かった。
「こんな食事を、毎日されているんですか?」
「まあな。喰わなければ死んじまうから、なんとなく喰ってる。別に外の街だって、大して代り映えのしない味だぜ。アーキテクターにとっちゃ、自分らが食べるワケでも無ェからよ」
1000年の時が流れ、荒廃した地球。
ボクの生まれた街も、何処かの汚い海に沈んでしまったのだろうか?
そんな疑問を抱きつつ、ボクは1000年後の地球で始めての食事を終えた。
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