慈愛の女神
「お主ら、まさか船が苦手だったのはのォ。情けない限りじゃ」
船倉で干からびたクラゲのようになっていた、8人の少女に向ってルーシェリアが苦言を呈す。
「ルーさま、厳しいミル~」
「ですが、足が地面に着けば、不覚は取らぬレヌ」
そんな彼女たちも、今はカル・タギアの街の中央広場を、元気に走り回っていた。
「それでシェリー、このコたちの名前は?」
鎧や槍の触手を使って、8人を船からカル・タギアに運び入れた、スプラが質問する。
「ミルミル言ってる方が、ミラーラ、ミリーラ、ミルーラ、ミレーラ・ヒムノス・ゲヘナスじゃ。4人とも、バイオレット色のクルッとした巻き髪に褐色の肌、真珠色の瞳をしておる」
「レヌレヌ言ってる方は?」
「レナーナ、レニーナ、レヌーナ、レネーナ・ヒムノス・ゲヘナスじゃ。マスカット色のポニーテールに白い肌、ワインレッドの瞳じゃから解るじゃろう」
「4人ずつのグループの中の、見分け方は?」
「まあ、なんとなく……じゃな」
「なんだか、テキトーだね」
「ご主人サマが、テキトーに付けた名前じゃからの」
スプラ・トゥリーも、ルーシェリアも、8人の少女がはしゃいでいる様を、ヒマそうに眺めていた。
~その頃~
看病をしていたルーシェリアの居なくなった部屋で、蒼い髪の少年がゆっくりと目を開ける。
「こ、ここは……」
ボンヤリと、滲む視界。
段々とだが、地上の世界では見られないハデな色の天井が、鮮明になった。
「クッ……痛って!?」
普段と同じ様に、ベッドから起き上がる舞人。
すると全身に、激痛が走る。
「こ、これって……そうか。ボクは、ジェネティキャリパーの能力を、全開にしたんだ」
身体のあちこちが酷く傷付き、水ぶくれのような症状が体中を覆っていた。
とてつもない痛みを覚悟しなければ、立つコトすらままならない。
「ジェネティキャリパーに蓄積された、闇の力を使った代償がこれか」
けっきょく舞人は、もう1度ベッドに寝転がるより選択肢が無かった。
「それでも、パレアナを助けられなかった……」
痛みに耐えながら、右手を天井に向けて伸ばしてみる。
届かなかったパレアナの手の感触が、少しだけ思い浮かんだ。
「英雄なんて言われても、ボクはまだシャロリュークさんみたいな、本物の英雄じゃないんだ」
蒼き髪の英雄は、かつてのようにシーツを抱えて丸くなる。
1年前であれば、栗色の髪の少女が文句を言いながら、シーツを引っぺがしに来たモノだ。
けれども今は、ゆっくりと丸まっているコトを許されている。
「パレアナのヤツ……でも、生きていてくれたんだ。まだ、望みは……」
シーツの中で、考えを纏めようとする舞人。
するとシーツの外が、急に光り輝き始めた。
「な、なんだ!?」
シーツを跳ね飛ばし、起き上がる蒼い髪の少年。
「お、お前は、サ、サタナトスの手下の……!?」
ベッドの傍らに、銀色の女神のような鎧姿の騎士が立っていた。
「それじゃあここは、カル・タギアじゃなくて、サタナトスの本拠地かなにかかッ!?」
痛みを押し殺して飛び起きる、舞人。
『慌てる必要は、ありません。わたくしは、トゥーラ・ン。アト・ラティアの王家に仕える、重機構天使(メタリエル)です』
「メタリエル……トゥーラ・ンだって!?」
敵意は低そうだと感じたものの、サタナトスの部下だと警戒した舞人は、枕もとの机に立てかけられていた、ジェネティキャリパーを背にした。
『重機構天使と言う言葉は、この時代の人間に説明するのは難しそうですね』
「そ、それより、ここは何処だ。ボクを殺しに来たのか!」
『安心なさい。ここは紛れも無く、カル・タギアです。それに、貴方はもう1つ、勘違いをしている』
「ボクが……勘違いだって?」
『わたくしは、サタナトス・ハーデンブラッドの部下などでは、ありません』
「そんなコト、信用できるモノか。お前らは、サタナトスの側に付いて、戦っていただろう!」
『サタナトスは確かに、アト・ラティアの王家の血を引く者です。ですが、完全なる王家の伝承者とまでは、言えません。それが証拠に、わたくしたちは、戦闘には参加しておりません』
「信じられる、モノか。お前の仲間が、パレアナを助けるのを阻んだじゃないか!」
『無論です。わたくし達の主は、パレアナと言う名の少女に宿った、クシィ―様なのですから』
トゥーラ・ンは、慈愛に満ちた女神の如き表情を浮かべた。
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