情熱の姫杏(キア)
「皆サマ、本日は本当にありがとうございました。心より、感謝いたしますわ」
「これからも熱い応援、宜しくお願い致しますわ」
アロアとメロエの双子姉妹によるデュオ、ウェヌス・アキダリアのライブは、最後に2人のデビュー曲を歌って幕を閉じた。
「これだけ、拍手が鳴りやまないのだから、文句は無いわよね!」
ユミアが、久慈樹社長にチクリと釘を刺す。
「そうだねえ。完璧とまでは言えないが、今すぐの契約解除は無くなったかな」
含みのある言葉を返す、ユークリッドの社長。
「奥歯に物が挟まった、言い方ね」
「これだけの拍手を貰ってるんだ。いいじゃないか、ユミア」
ボクは、会場を見渡した。
この拍手の中に、2人の母親である柿沼 恵理や、父親の新浜 瑛滋も含まれているかも知れない。
当人たちを見つけ出すコトは出来なかったが、2人の家族関係に少しでも進展があればと願った。
すると警備スタッフが、前方のステージの方からやって来て、社長になにやら耳打ちをした。
「どうやら、現場検証は終わったようだね。警察もプロだけあって、手際が良くて助かるよ」
「交通事故の処理など、日に何件とこなすコトもあるでしょうし、確かに優秀ですね」
とりあえず同意する、ボク。
「これで、メインステージが使える目処が立った。まずは彼女たちに、露払いをして貰おうじゃないか」
「アレ、先生。ギターの音色が聞こえるよ?」
メインステージの方から、ギャンギャンとしたエレキギターの音が響いて来る。
「……と言うコトは、次は……」
レノンの問いに答えるより先に、メインステージにジャーブ効果の花火が、何本も吹き上がった。
「皆はん、お待っとさん。次は、チョッキン・ナーのメジャーデビューやぁ!」
ステージの床が開いたかと思うと、4人の少女とドラムセットを乗せた巨大な床が、下から徐々にせり上がって来る。
「次は、キアたちか」
ボクは呟いてみたものの、鼓膜が振動するくらいの大音量に掻き消された。
カニの爪型のギターをかき鳴らしながら、可児津 姫杏(かにつ きあ)が大阪弁のボイスパフォーマンスを始める。
「ウチらチョッキン・ナーは、インディーズなら多少は名の通ったバンドや。せやけど、メジャーで通用するんかは、わかれへん」
真っ赤なショートヘアの少女は、少し弱気な発言をした。
「他のみんなと違うて、ウチらは作詞・作曲も自分らでやってんで。正直、曲の完成度で言やあ、AIハンの作ったモンとは段違いや」
本来であれば彼女のヘアスタイルは、カニの爪のようなツンツンのツインテールである。
「せやけど、多少の自信はあんねんで。小さなライブスタジオを、満タンにすんくらいは出来たんや」
けれどもキアは、実の父親からの家庭内暴力によって、妹の1人であるシアを庇って、頭に重大な傷を負ってしまった。
一命は取り留めたものの、父親への信頼と大事な髪を失い、心に傷を負ってしまったキア。
けれども、彼女の音楽への情熱は冷めず、こうしてステージに立ったのだ。
「行くで、ウチらのヒットチューン……『カニの杏かけスパゲティー』!!」
「ワン・ツー・スリー・フォー!!」
キアが『ギャオン』と、カニ爪ギターを鳴らすと、ドラムのシアがスティックでリズムを取る。
ハードロックのバラード曲が、真っ赤な髪の4人姉妹によって紡ぎ出された。
キアのオペラ歌手のような高音の声が、会場に染み渡る。
「なんだ、バラードかよ。てっきり、もっとハードな曲かと……」
「オイ、アレ見ろよ!」
「今度は、デカいカニが飛んでるぜ!」
一斉に上を見上げる、観客たち。
その上を、カニ料理店の看板になっていそうな巨大ガニが、長い手足を動かしながら飛んでいた。
「頑張れよ、キア……」
バラードの調べが、ゆっくりと終わりを告げる。
シアのドラムや、ミアとリアのリズムギターやベースも、音を出すのを止めた。
「チョッキン・ナーーーーーーーーーーーッ!!!」
それまでとは正反対の、ドスの効いた声で叫ぶキア。
高らかに挙げられた右手は、カニのハサミのようにチョキチョキしていた。
前へ | 目次 | 次へ |