芸能界の死刑宣告
ステージには、巨大なホタテ貝のオブジェクトが置かれ、アロアとメロエがそれに座って歌い始めた。
「この曲、どこかで聞き覚えが……」
ゆったりとしたジャズの調べにボクは、初老のマスターの営むバーでの出来事を思い出す。
「先生、この曲知ってるの?」
ユミアが、問いかけて来た。
「ああ。アイツらがプロモーションビデオを撮った、バーのマスターが流してくれた曲だよ」
「ふ~ん。よく覚えてるわね、先生」
「この曲は、2人のお母さんが歌っていた曲でもあるんだ」
「え、そうなの!?」
「2人のお母さんも、アイドル歌手だったんでしょ?」
「そうだな、レノン。とても歌の上手いアイドル歌手だったと、マスターも言っていたな」
アイドルとして、ある程度の成功は収めた柿沼 恵理。
歌の上手さで定評のあった彼女も、時代なのか運なのかボクには解らないが、それ以上の名声を得るコトはできなかった。
彼女よりも拙い歌唱力のアイドルたちが脚光を浴びる中、彼女はひっそりと芸能界から身を引く。
その後、俳優の新浜 瑛滋と結婚し、生まれたのが安曇野 亜炉唖(あずみの あろあ)と、安曇野 画魯芽(あずみの えろめ)の2人だ。
そして今、彼女たちは大勢の観客が熱狂するステージに立っている。
「本日はお集まりいただき、誠に有難うございます」
「このように大勢のファンが集うステージに立てるコトを、光栄に思いますわ」
アロアとメロエの2人は、アイドルと言うより歌謡曲の歌手のようなドレスを身に纏っていた。
「知っている方も居ると思いますが、わたくし達の母親は、アイドル歌手の柿沼 恵理ですわ」
「今回はムリを言ってお願いして、母の代表曲を歌いたいと思います」
ステージに、キュートでポップなメロディが流れる。
それはどこか聞き覚えのある、懐かしい匂いのする曲だった。
「実はね。この会場に、2人の両親が来ている」
隣に座っていた久慈樹社長が、ポツリと呟く。
「……え?」
「先ほどの事件でね。襟田 凶輔(えりだ きょうすけ)が来ているかを探るために、観客リストをチェックしていたレアラとピオラが偶然、2人が来ているのを見つけたんだ」
「アロアとメロエの両親が一緒に、この会場に来ているってコトですか?」
「イヤ、予約したチケットの番号や、予約した時間や場所も全く異なるところから見て、2人は別々にこの会場に居るようだ」
「そんな……」
新浜 瑛滋と柿沼 恵理は、離婚していた。
友人の話では、離婚したときはある程度、週刊誌やゴシップニュースで話題になったらしい。
天空教室の生徒たちの両親の多くは、教育民営化法案によって職を失った教師か教育関係者であった。
けれども2人の両親は、別の理由で離婚に至る。
「彼女たちの両親は、ある程度名が知れた芸能人だった。そして2人の離婚した理由は、遠巻きにはユークリッドにあるようだね」
久慈樹社長が、悪びれもなく微笑んだ。
「はい。ユークリッドの台頭によるテレビ離れ……元々が厳しい世界だった芸能界が、さらに厳しい世界に変貌し、アイツらの父親である新浜 瑛滋は芸能界から消えたんです」
「そ、そうだったの。わたし、詳しくは聞いてなくて……」
栗毛の少女が、申しワケ無さそうに呟く。
彼女も、ユークリッドを成立させた立役者の1人だったからだ。
「キミが気に病むコトじゃ無いさ、ユミア。もしユークリッドの台頭が無くても、芸能界は厳しい場所らしいからな」
「ではボクも、気に病む必要は無いようだね」
「アンタは少しは、気に病め!」
「アハハ、ボクが気に病むワケが無いじゃないか」
ボクたちが話している間にも、アロアとメロエの歌う懐かしいメロディは終わる。
「アレ、もう終わっちゃったんだ」
「昔の曲って、けっこう短いのです」
レノンとアリスが、率直な感想を述べた。
「どうやらあまり、盛り上がらなかったようだね」
「そ、そんなコト……」
「アイドルと言うのは、サービス業だ。結果が全てさ」
それ以上の反論ができない、ユミア。
「次の曲でも、同じ反応しか無かったら、彼女たちのステージは今日までだ」
久慈樹社長は、アロアとメロエに対する芸能界の死刑宣告をした。
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