王の海鮮市場
「バルガ王、こちらに居らしたんスか」
「おう、ベリュトスか」
ヤホーネスの王都・エキドゥ・トゥーオの巨大城郭の中にある市場で、バルガ王が2本の細身の刃物を持って立っていた。
「ちょうど良いトコに来た。お前は、皿を準備しろ」
「皿ってまさか、ここで魚をさばく気ですか!?」
王の前の机に置かれた、分厚い板材を見て事態を察する、ベリュトス。
「まあな。ヤホーネスの首都は内陸にあるから、これだけデケェ魚をさばくのも珍しいと思ってよ」
「確かにこの人だかりを見りゃあ、解りますがね」
板材の上には、王や彼自身が釣り上げた巨大魚が、寝そべっていた。
「ベリュトス、アホな王さまになにを言っても、ムダだぞ」
「キティ、王に向かってなんて口を……って、なにやってんだ、お前?」
見ると幼馴染みの少女が、市場のテントの店の中で、煮えたぎった大きな鍋をかき混ぜている。
「無論、料理だ。カル・タギアで獲れた海産物を使った、海鮮汁を作っている」
「お前、料理なんて作れたか?」
「ティルス姉さんが生きてた頃は、姉さんに任せきりだったケドな。最近じゃ、自分で作ってる。どうだ、味見しろ!」
ぶっきら棒に、汁の入った木のお椀を差し出す、キティオン。
「だ、大丈夫か、これ。でも、流石に味見もせずに、集まった客に喰わすワケには……」
意を決して、汁をかき込むベリュトス。
「ン、普通に美味いぞ!?」
「普通か。カル・タギアを出る前に、アラドスに教えて貰ったのだが、所詮は付け焼刃だな」
「そんなコト無いって。普通って言っても、良い意味での普通だ。これならヤホーネスの人たちも、喜んでくれるんじゃないか」
「そ、そうか。お前がそう言うのであれば、この味付けで……アッチィ!?」
「何やってんだ、キティ。手元を見ないでよそうから……」
「お、お前が、余計なコトを言うからだろう、バカ!」
「バ、バカとはなんだ。バカとは!」
「お前ら、夫婦ゲンカもその辺にしておけ。ヤホーネスの方々が、腹を空かして待ってるじゃねェか」
「はい、スミマセ……って、誰が夫婦っスか!?」
「お、王さまだからって、言ってイイことと悪いコトがあるだろ!」
「どうだ、ヤホーネス近海の海で獲れた魚だぜ」
バルガ王は、2人の反論を無視して、さばいた魚の刺身を皿に乗せ、集まった人々に振る舞っている。
「有難うございます。まさか王さま直々に、料理を振る舞っていただけるなんて」
「なあに、困ったときはお互い様だ。それより早く食べないと、せっかくの魚が痛んじまうぜ」
集まった人たちは、王から刺身の皿を受け取ると、キティオンとベリュトスから熱い魚の汁も受け取って、仮設のフードコートで食事を取った。
「バルガ王。わたきし達の民のために施しをいただき、誠に有難うございます」
すると市場に、大勢の供の者を引き連れた白い服の少女が現れる。
「これはこれは……レーマリア女王」
バルガ王が、2本の刃物をまな板の上に置いた。
「見事な魚ですね、ご自身で釣られたのですか?」
レーマリアは、吊るされた巨大魚を見上げる。
「ああ。コイツを是非とも女王陛下に味わっていただきたくてな。こうやって、待っていたところだ」
「わたくしを、待っておられたのですか?」
「ああ、レーマリア女王陛下なら、来てくれると思ってな」
「せっかくのご好意ですが、バルガ王」
「魚という食材は、あまり日持ちがしないと思うのですが」
「レーマリア女王が食されて、お体を壊されては……」
女王に付き従っていた、ナターリア、オベーリア、ダフォーリアの3人の少女騎士が、頭を垂れながらバルガ王に意見した。
「な、なにを言っているのです、アナタたち。申しワケございません、バルガ王」
「イヤ、なに。女王であるアンタに身を、案じてのコトだ。気にはしていないさ」
「そこの騎士たち、心配には及ばないぞ。魚は全て、大量の氷に詰めて運んで来たからな」
赤い鎧を着た少女が、王の後ろから指摘する。
「カル・タギアは、氷を生み出せるのですか?」
「ああ。ギスコーネのヤツから氷の剣(コキュー・タロス)を借りてるからな。鮮度は保ててるぜ」
「で、ですが……」
「御身に、万が一のコトがあっては……」
「我が国は……」
再び正論を言いかけたところで、3人の少女騎士の腹が『ぐぅ~』っと鳴った。
真っ赤になった顔を隠す、少女騎士たち。
「な、なあなあ」
「固いコト言わないでさ」
「王さまのお言葉に、甘えちゃおうよ」
ヤホッカ、ミオッカ、イナッカの3人の獣人娘が言った。
「そうですね。お願いできますか、バルガ王?」
レーマリア女王も、少しだけ顔を赤く染めている。
「もちろん……喜んで!」
王は2本の刃物をまな板から抜くと、豪快に巨大魚をさばき始めた。
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