バルガ海鮮スペシャル丼
ビシャビシャと、水溜まりを駆ける赤い鎧を着た少女。
両手に持った双剣で、攻撃を仕掛ける。
「おっと、キティ。そんな単調な攻撃じゃ、このオレは倒せないぜ」
攻撃を受けた男は、宙に大きく舞い少女の攻撃をかわした。
「そいつはどうだかな、ベリュトス。宙に舞って、降りて来ないワケにも行かないだろう」
赤い鎧の少女は、男の落下地点を予測し待ち構える。
「まあ……な。だが、落ちるスピードってのは、利用もできるんだぜ!」
「それも承知の上だ。行くぞ!」
槍を身構え落下するベリュトスを、迎撃するキティオン。
落下スピードを乗せた槍と、どっしりと構えた双剣が激突する。
競技場の中央から、激しい砂ぼこりが舞い上がった。
「あのキティオンってコ、槍の落下スピードを加えた一激を、双剣の斬撃で相殺したわ」
ガラ・ティアが、旦那に寄りかかる。
「あの2人、中々のモノじゃねェか。なあ、カル・タギアの王さまよ」
筋肉鎧に覆われた、巨漢が言った。
「イヤ、クーレマンス殿。サタナトスの戦力と対抗するには、それでもまだ心もとない」
「そうかい。だったら、このクーレマンスさまが、相手をしてやるってのはどうだ?」
「フッ、それは面白い。頼めるか?」
「応、任せな!」
クーレマンスは、2人の間に降り立つ。
「ク、クーレマンスさん……どうして?」
「ちょっと、オッサン。邪魔しないでくれる!」
戦いを中段されたベリュトスとキティオンが、巨漢に向かって言った。
「バルガ王、直々のご命令でよ。ケツの青いヒヨッコ2人を、揉んでやれってな」
「オ、オレらが、ヒヨッコだって!?」
「バルガのヤツ、王さまになったからって、なに偉そうにィ!」
「2人とも、かなり怒ってやがるな。ま、その方が好都合ってモンだ……」
様子を眺めていたバルガ王は、頭を掻きながら苦笑いをする。
「あの2人は、ウチの人が鍛えてくれるハズですわ。それより王は、地上の女王に拝謁する準備をせねばなりません」
ガラ・ティアが言った通り、2人はクーレマンスと戦い始める。
「準備つったって、会うだけだろ?」
「気ままな王子の時代であれば、それでも良かったのでしょう。ですが一国の王となられた今は、そうは参りません。このガラ・ティアが、全力を持って王の威厳に相応しい服を、見繕ってさしあげますわ」
「べ、別に格好なんて、どうだってイイだろ!?」
「王ともなれば、国家を代表する顔とも言うべき存在。王が粗野な格好をしていては、国民全体が恥をかきますわ。ささ……」
2人の戦いの行方をクーレマンスに任せると、王は競技場を後にした。
「まだ市場の再建も始まったばかりですが、ヤホーネスの獣人娘たちが建築資材やらの他に、衣類も運び込んでくれておりますわ」
「ソイツは有り難いが、とうぜん商品としてだろ?」
「確かに我が国としては、貨幣が失われるばかり。喜んでばかりも、いられないのも現状ですわ」
「こちらも、ヤホーネスに向けた商品を考えねばならんな。魚介類の加工品だけでは、どうにも……」
バルガ王は、倒壊した1件の建物の前で足を止める。
建物の看板として掲げてあった黄金制の巨大な魚も、今は地面に転がっていた。
「場所は、港の桟橋の辺りだよな。悪いが、先に行ってくれ」
王はガラ・ティアを先に向かわせると、その建物の中で胡坐を掻いている老人に話しかけた。
「オヤジ、すまない。オレは、アンタの息子を……」
「イヤ、王子に仕えるってのが、アイツが望んだ道なんで。手足は失っても、このカル・タギアまで戻って来られただけで、幸運でさあ」
老人は、アラドスの父親だった。
同時に、海龍亭と呼ばれる食堂の大将でもあった。
「ここも、少しは再建が進んでるんだな」
「こちとら、料理人ですからね。ジッとしてなんか、居られやせんよ。昔みたいに、天井に生け簀ってワケにゃぁ行きやせんが、みんなの腹を満たせるくらいにゃ、復旧させるつもりです」
「王さんも、何か喰って行きィな。海鮮丼くらいなら、出したるで!」
再建中の厨房の中から、威勢の良い声がする。
「そうだな、アラドス。いつまでも、落ち込んで……て、お前!?」
厨房にいたのは、アラドス本人だった。
「なに驚いてんねや、バルガ王?」
「驚くもなにもお前、その腕や足はどうした!?」
「これか。双子の司祭さまに、治していただいたんや」
「そんなコトが、可能なのか!?」
「せやな。肉体さえ残っていれば、死者もほぼ完全に、蘇生できるみたいやで」
王の前に海鮮丼を置く、アラドス。
「王の好物の、バルガ海鮮スペシャル丼でっせ」
「まったく、心配させやがって……」
王は小声で呟くと、海鮮丼をかき込んだ。
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