カノン(追奏曲)の調べ
「とにかくこの曲の間だけでも、何事もなく終わってくれよ」
祈る思いで、タリアたちのステージを見守るボク。
タリアらしい力強い歌声と、それを追うカタチで、アステたち7人の少女の可憐な歌声が、交互にライブ会場に響き渡る。
「確か、カノン(追奏曲)とか呼ばれる曲調だよな……っと、それどころじゃ無かった」
ボクはできる限り、ステージの辺りを凝視し警戒した。
緊迫感溢れるカノン調の曲が流れる中、ライブ会場の天井から飛行物体が降りて来る。
「ドローン……しかも、1機だけ?」
ハデで完璧を追求する、レアラとピオラの演出としては、普通のドローン1機では物足りない。
しかも、4つのプロペラで飛ぶ本体の下部には、銃らしきモノが装備されていた。
「久慈樹社長、アレは演出では無いですよね!?」
不審に思ったボクは、久慈樹社長の方を見る。
ファンたちの熱狂で、答えは返って来なかったが、その表情がすべてを物語っていた。
「まさかこれも、襟田 凶輔(えりだ きょうすけ)の仕業なのか!?」
席を立ち、ドローンを捕獲しようと試みる、ボク。
けれども、久慈樹社長に腕を捕まれた。
冷静になってみるとボクには、遥か上を飛ぶドローンを捕獲する手段が無い。
久慈樹社長にしていみれば、下手に騒ぎ立てて会場がパニックになるのを、恐れての行動だろう。
「で、でも、ドローンがッ!」
黒いフレームのドローンは揺ら揺らと、タリアやアステたちが歌うステージに、近づいて行った。
~その頃~
ユークリッドのライブステージにホド近い、裏路地にあるマンガ喫茶。
その2階の狭い個室の、薄汚れたパソコンモニターの前。
「ククク、コイツらだ……」
1人の少年が右手1本で、とてつもないスピードでキーボードを打っていた。
「コイツらが、ボクの人生を狂わせやがった!」
モニターには、華やかなライブステージのストリーミング動画が映っている。
「ボクに全ての罪を被せて、逃げたヤツら……ボクを見捨てた親や、弁護士……許さない……許せるワケねェよな」
薄暗い個室で、ブツブツと小声で呟く少年。
もう片方の手には、機器を遠隔操作する大きなリモコンが握られていた。
「まずは、お前らだ。お前らが訴えなきゃ、ボクが捕まるコトも無かったんだ。ネットにアップしてやったお前らの動画を見て、喜んだスケベどもは捕まらずに、ボクだけ捕まるなんてどう考えてもおかしいよな……なあ、なあ!」
少年が、左手のリモコンのレバーを倒すと、モニターの映像の中の少女たちも、大きくなって行く。
「ネットってのは、便利だよなぁ。ネットで注文すれば、パソコンだろうとスマホだろうとメシだろうと、世界中どこからでも、持って来るんだ、スゲーだろ」
モニターの置かれたテーブルの下には、汚れたリュックがあった。
リュックのサイドポケットには、スマホが何台か詰め込まれていて、その隣には袋に入ったハンバーガーと、牛丼の持ち帰りパックが置かれている。
「銃のパーツだってなァ、抜け道なんざ、いくらでもあんだぜ。改造の仕方だって、ネット探せば落ちてんだ。警察のアホどもが消そうが、幾らでも湧いてくるんだ」
少年が喋りかけても、モニターの中のアイドルは彼をまったく無視して、笑顔で歌っていた。
「タリアー、かっけー」
「アステー、カワイイ、最高ー!」
「プレー・ア・デスティニー!!」
ライブ会場のいたるところから、響く歓声。
舞う1機のドローンは、その間にもステージの数メートル先まで来ていた。
「明らかに、なにかしようとしている動きだ」
「待ちたまえ、キミが行ったところで、もう間に合わない」
会場のファンの1部も、それに気付き始めたのか、ざわめきが広がって少しの会話なら可能となる。
「でも……ホントに、なにかあった後じゃ遅いですよ!」
ボクは、久慈樹社長の静止を振り切って、ステージに向け動き始めた。
「ス、スミマセン。通して下さい!」
カノン調の曲が流れる、巨大なライブ会場。
けれどもファンが満載の会場は、ボクの行く手を阻む。
「アハハハハ、これで、ジ・エンドだ!!」
モニターを見ながら、マンガ喫茶の個室に居た少年は、リモコンのトリガーを引いた。
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