王の旅立ち
腰に下げた双剣を抜き、低く身構えるキティオン。
ベリュトスも槍を身構えると、2人の間に緊張が走る。
「まあ待て。誰が、執務室(ここ)でやると言った」
御殿の執務室の机で、頭を抱えるバルガ王。
「戦う場所は、競技場だ。天井が崩落して水浸しだが、ここよりはマシだろ」
「王も、行かれるのですか?」
「言い出したのはオレだからな、シドン。オヤジと、7海将軍の半数以上が敵に回り、海皇パーティーも3人になっちまった今、戦闘要員が足りねェってのも事実だ。キティオンが使い物になんなら、越したこたぁねえだろ?」
「ですが王としての執務が、大量に残っておりますが……」
書類が山積みされた机に目をやる、若き海洋生物学者。
「シドン、お前とギスコーネに任せるわ。適材適所ってヤツだ」
バルガ王は席を立つと、2人を引き連れ部屋を出た。
すると直ぐに、緑色の長髪の男とすれ違う。
「訓練が終わったので報告に上がったのですが、兄上……お出かけですか?」
「おう、ギスコーネ。詳しい話は、シドンに聞いてくれ」
「は、はあ……?」
首を傾げる弟を残し、バルガ王はそのまま競技場へと向かった。
「ここもずいぶんと、酷い有り様だな、ベリュトス」
余りの破壊され具合に、ため息を付くバルガ王。
競技場は観客席の大半が失われ、半分ほど水没してしまっていた。
「国民たちも、神殿と市街地を優先して、復旧に当たってますからね」
「神殿も、再建すんのか?」
「神殿は、深海の宝珠に力を与えます。今、カル・タギアの泡のドームが維持できているのは……」
「なるホドな。リー・セシルとリー・フレアの、強大な魔力のお陰……か」
「はい、王子……じゃなくて、バルガ王。この泡のドームが維持できているのも、2人が深海の宝珠に入って、支えてくれているからです」
「確かに、今はなんとか持ちこたえてくれてるが、早急に解決しなきゃならん問題だぜ」
腕を組んだバルガ王は、ベリュトスと共に競技場の中へと入って行く。
「ずいぶんと、問題が山積みなのだな」
1人立ち止まっていた、キティオンが言った。
「サタナトスの野郎が、なにもかもメチャクチャにしてくれたからな。しかもヤツは、天空の街を手に入れてやがる」
「それにアト・ラティアには、どんな兵器があるか解らないですからね」
「だからよ。破壊されまくったこの街を、早急に立て直す必要があるんだ。いつまたヤツが、オヤジたちを引き連れて攻めて来るか解らんのでな」
キティオンに告げると、王は2階の観客席まで軽々と跳躍した。
「それじゃ、始めろ。相手を制圧した方の勝ちだ」
競技場の中央に並ぶ、ベリュトスとキティオン。
王の号令と共に、戦いを開始する。
「おお、やはりバルガ王がお越しになってるぞ!」
「決闘ですかい?」
「調度、昼休みだ。オレらも、観戦と洒落込もうぜ」
競技場の外で、街の復旧に携わっていた作業員たちが、バルガ王の周囲に集まって来る。
その中には、巨漢の男の姿もあった。
「よ、久しぶりだなバルガ王」
「おお、これはクーレマンス殿。この地に残ってくれたらしいな、感謝するぜ」
巨漢の男が王に近づくと、周りの観客たちは気を遣って席を譲る。
「コイツと所帯を持っちまったし、リーセシルたちの護衛もあるんでな」
「この人は今、わたくしの家に住んでいるのです。戦士としてではなく、作業員として皆と共に働いてくれておりますわ」
丸太のような腕に寄り添う、マゼンタ色の髪の女性。
「ガラ・ティアさんの、言う通りですぜ、王子」
「クーレマンス殿は、常人の5倍は働かれますからね」
「まあその分、喰う量も5倍なんだがね」
「最近は、身体が鈍ってたからな。ところで、バルガ王。1度、ヤホーネスのレーマリア女王と、遭って見てくれねェか?」
クーレマンスは、2人の戦いを観戦しながら言った。
「オレたちと来ていた、獣人の娘たちが居ただろう」
「彼女たちは今、このカル・タギアとヤホーネスを結ぶ航路から、物資を調達してくれているのですわ。実は……」
「その獣人娘が、女王からの言伝(ことづて)を携(たずさ)えてきたってワケか」
クーレマンス夫妻の言葉から、王は結論を導き出す。
「そうだな。一度オレも、地上の王族と話をしてみたかった」
ベリュトスとキティオンの戦いの決着は、まだ付いては居ない。
「構わないぜ。地上の世界に赴くとしよう」
王は、黄金の刀を携え立ち上がった。
前へ | 目次 | 次へ |