ヴィクトリア
「黒乃……まさかキミが生きて……!?」
そう言いかけたボクは、言葉を詰まらせた。
無数の星が煌めく宇宙を背景(バック)に、漂う4本の黒髪の束。
紫色のパイロットスーツは、肉付き豊かなの大人びた女性の身体を包んでいる。
「貴女は、黒乃じゃない……貴女は……」
すると、クワトロテールのパイロットは、ボクの方へと降りてきた。
「わたくしは、ミネルヴァ。お久しぶりですね、宇宙斗艦長」
大人びた時澤 黒乃の顔で、微笑む女性。
黄金の髪留めから伸びた漆黒のクワトロテールに、気の強そうな細い眉毛。
彼女は、時澤 黒乃が命を失わずに、大人へと成長した姿としか思えなかった。
……そう、彼女は時澤 黒乃では無い。
「ミネルヴァさん……」
心なしか、自分の声のトーンが落ちているコトに気付く。
本物の彼女は、フォボスの地下深くで岩に圧し潰され、眠っている。
この期に及んでまだボクは、残酷な現実を受け入れられないのだろうか?
「アナタとは、アテーナー・パルテノス・タワーでお会いして以来ですね」
パイロットスーツ姿のミネルヴァさんは、タワーの会議室での煌びやかなドレス姿とは違っていたが、やはり大人の女性の色香を感じさせた。
「はい。あの時の会議において、時の魔女が動き出したのを予見して置きながら、見す見す後手に回ってしまいました」
「それは、お互い様でしょう。我ら、ディー・コンセンテスも、時の魔女の侵攻を止められず、多くの火星の民を死なせてしまいました。あまつさえ、時の魔女の手先となったマーズによるクーデターまで、許すなど……」
美しい顔の眉間にシワを寄せる、戦いの女神。
「ですがミネルヴァさんは、なにか目的があって火星を逃れたのですよね?」
「ええ、そうです」
「セミラミスさんも、一緒なんですか?」
「いいえ。セミラミスは、わたくしを逃がすために自身の機体(シャラー・アダド)を、差し出してくれました」
「そ、それじゃあ、セミラミスさんは!?」
「わたくしの身替わりとなって、アクロポリスの牢獄に捕らえられているのです。彼女の献身に報いるためにも、宇宙斗艦長には見て欲しいモノがあるのです」
「ボクに……見せたいモノ?」
「ええ、それはいずれ。その前に、ヴィクトリアに向かって下さい」
「ヴィクトリア?」
イギリスの、女王みたいな名詞だ。
「地球のL2のラグランジュポイントにある、コロニー群の名称です」
「全艦隊で向かっても、構いませんか?」
「連絡は取れております。問題は無いでしょう」
ボクは艦橋まで、ミネルヴァさんをエスコートする。
3人の少女たちにワケを話し、間近に迫ったヴィクトリアに進路を取った。
「アレが、ヴィクトリアのコロニー群か」
目前に見えて来た、巨大なドーナツ状のカタチをしたコロニーの群れ。
想像していた円筒形のコロニーとは、様相が違う。
「はい。人類が宇宙に進出するにあたって、最初に建設された基地のあった場所です。火星への入植もまだの時代、ヴィクトリアは宇宙船や物資を集めるための、重要な拠点となっていたのです」
オリティアが、説明をくれる。
「その話しぶりだと、今は寂びれてるみたいな感じなんだが?」
「実際、その通りなのです」
ミネルヴァさんが、言った。
「かつては文明の中心であった地球圏も、今は火星に主役の座を奪われて久しいのです。地球と宇宙を結ぶ重要拠点であったこのコロニーも、今や人類の拠点とは言えなくなってしまいました」
「栄枯盛衰……と言ってしまえば簡単ですが、人類がまだ地球にしがみ付いていた時代でも、そうでしたからね。シュメール、アッシリア、ローマ帝国、モンゴル帝国、スペイン、イギリス、アメリカ……」
「ええ。覇権を握った国も、その繁栄が永遠に続くコトはないのです」
ミネルヴァさんは、ゆっくりと瞳を閉じた。
「ボクがただ眠っていた1000年の間に、人類の歴史は動き続けていたんだな……」
テル・セー・ウスは、古びた真ちゅう色の外壁をした、ドーナツ型コロニーの1つに入港する。
前へ | 目次 | 次へ |