クリエイターとAI
「ホントに、大丈夫なのか?」
「ああ、心配ないって」
ボクの友人は、言った。
「AIの能力ってのは、オレが思ってたより凄まじくてさ。折れた心が、完全に癒されてないのも事実だ。でもな……」
ボクたちは最後の取材を終え、帰路に付いている。
夕日だった太陽は完全に沈み、替わりに白い三日月がスミレ色の空に上がっていた。
「自分が最先端で無くても、天才で無かったとしても、やるしか無ェってコトだ」
友人が見つけ出した答えは、ボクの腑にも落ちる答えだった。
「凡人には、それしかないと思う。オレも、ずいぶんと悩まされたモノさ」
郊外の街は、日が沈むと灯りが少ないせいか、薄暗くなるのも早い。
「お前がか?」
「ああ。相手は、ユークリッドの完成された教育動画だ。今だってボクの授業が、生徒たちにとって相応しいモノか悩んでいるくらいだ」
「なるホドな。確かに、似た悩みだわ」
「どうだ、良い曲は作れそうか?」
「それを聞くなって。正直、解かんねェよ」
「そうか……スマン」
作曲家や芸術家らクリエイターの心は、その才能の無いボクには解らないモノだった。
「それでも、多少のきっかけは掴めたつもりだぜ」
「今日の取材行脚は、役に立ちそうか?」
「もちろんさ。お前の生徒たちの個性も、話してみてなんとなくだが解った気がするよ」
「お前は会った頃から、人の心に打ち解けるのが上手かったからな」
「それは、お前もだろう。お前の生徒と話して、お前が慕われているのが理解できたぜ」
「自分では、気付かないんだが……だったら、嬉しいな」
「まったく……お前らしいわ」
ボクたちは、地下鉄に乗って都心部へ向かうと、ターミナル駅で別れる。
そこから再び地下鉄に乗って、それぞれの家へと帰った。
ユークリッドがプロデュースする4組のアイドルユニットは、その日から1週間後の日曜日に正式にデビューを果たす。
けれども、先行シングルと共に収録されるハズだった友人の楽曲は、どのグループのアルバムにも、1曲も収録されてはいなかった。
「どうなってるんだ、これは……」
自宅のリビングでボクは、テレビのリモコンを握りながら、耳と肩で挟んだスマホに文句を言う。
「仕方ないさ。納期に間に合わなかった曲も、あったんだ。無事に提供できた楽曲だって、レアラちゃんとピオラちゃん作詞・作曲の楽曲の、どれにも及ばないレベルだ」
スマホの向こうの友人の声は、意外にサバサバしてた。
「だけど、一銭も支払われなかったんだろ?」
「ウチの会社側が、そう言う契約で受けたらしい」
「そ、そうなのか?」
「どうも、オレに経験を積ませる絶好の機会だって、考えたみたいでさ。実際に、貴重な体験ができたと思ってる。アルバムに入らなかったのは悔しいケド、自分の力不足も認識できたし、なにが足りないのかも少しは解ったつもりだ」
「お、お前が良いのなら、構わんが……気を落とすなよ」
「わかってるって。また、連絡する」
結局のところ、4組のアルバム全てに、レオラとピオラが作詞・作曲した楽曲が採用された。
AIである彼女たちは、凄まじいレベルの楽曲を2000曲以上作り上げる。
アルバムにはグループごとに、2人が厳選した30曲がそれぞれ収録された。
ビッグデータから導きだされた楽曲は、当然のように人々に好評を博す。
「時代はやっぱ、変ってしまってるな」
薄型テレビの中では、プレジデントカルテットの4人が、ビジネススーツをアレンジしたアイドル衣装で歌っていた。
「人間の将棋のプロ棋士が、AIに負けたのももう何年も前なんだ。アイドルの歌う楽曲を、AIが創ったところで何ら不思議でも無いのか」
4人も、大御所が関わった先行シングルでは無く、レオラとピオラの楽曲を口ずさんでいる。
「AIが、人の仕事を奪う時代……か。これは、人事では無いな」
ボクに残された時間も、あと僅かに迫っていた。
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