エリス(混乱をもたらす魔女)
火星圏は、マーズによる支配が着々と進められて行った。
多くの命が戦火に散ったアクロポリス侵攻は、1000年の時が過ぎたこの時代の人々に、恐怖を植え付けるには十分なイベントとなる。
「宇宙に撤退したクーリアたちの所在は、一向に掴めないままなのか?」
ボクはMVSクロノ・カイロスの艦長の椅子に座って、ウルズに問いかけた。
『おおよその位置は、掴めております、宇宙斗艦長。メインベルトのケレスの監視衛星にて、数日前に通過する姿が確認されております』
「クーリアの乗っていたQ・vava(クヴァヴァ) も、時の魔女が呼び出したQ・vic(キュー・ビック)も、異次元には撤退せずに宇宙に飛び去ったんだよな」
『はい。その通りです』
「そう言えば漆黒の海の魔女も、一端ワープアウトしてからは、異次元に再突入しなかったよな」
真央の言う『漆黒の海の魔女』とは、ボクたちの乗るMVSクロノ・カイロスを最初に襲撃した巨大宇宙艦であり、ボクたちが最初に撃破した時の魔女の手先でもあった。
「もしかして時の魔女の船やロボットは、異次元から出て来れるケド、還れないってコトですか?」
ボクに向かって、首を傾げる栗色の髪の少女。
「断定はできないケド、あれだけ大量に出現したQ・vic(キュー・ビック)が、異次元に還る気配が全くない。少なくともQ・vicに関しては、異次元に帰還する能力がないと思えるな」
「つまりは、一方通行ってコト……?」
「でも、いつ何処から現れるか解らないってんだから、危険なのは変わらないよ」
ヴァルナとハウメアも、すっかりオペレーターポジションに戻っている。
「アポロさんや、メリクリウスさんには、連絡はまだ付かないのか?」
『はい。アポロが管轄する宇宙エネルギー機構は、マーズに対しても我々に対しても中立の立場を取っています。アポロとの交渉を要求しておりますが、打診には応じておりません』
「メリクリウスさんの方は、どうだ?」
『かの者の管轄していた宇宙通商交易機構は、現在バックスが管理しております』
「バックス……あの派手な男か」
金髪ドレッドヘアに、ピンク色のスーツを着た男の姿が頭に浮かぶ。
『ギャンブル・リゾート統治機関の代表であるバックスは、メリクリウスが有していた権益を手に入れ、貨幣経済の復活を宣言致しました』
「今さら貨幣経済なんて、復活させられるモノなのか?」
『現在でも、彼が支配するギャンブル・リゾート統治機関に置いて、『デ・サイアー』と呼ばれるコインが使用されております。バックスはデ・サイアーを、通常の経済で使用可能とする模様です』
「ボクの生きた時代ですら、聞いたコトが無い話だぞ。そんなコトをすれば……」
それは、パチンコの出玉を通貨とするくらいの暴挙だった。
「経済が大混乱に陥る……だろ?」
艦橋のエレベーターが開き、プリズナーとトゥランが入って来る。
「だが混乱ってのは、ときに為政者にとって都合の良いモンでもあるぜ」
「人々が混乱し、社会が混乱し、経済が混乱すれば、武力による政権の移行から人々の目を逸らすコトができるわ」
「利権ってヤツか。それが絡むと、人間は正しい道を選ばなくなる」
「ま、正しい道なんざ、人それぞれだ。今はクーリアが大罪人に吊るし上げられ、それと共にカルデシア財団の影響力も失墜したからな。政権奪取には、絶好の時期だぜ」
「クーリアが、アクロポリスの街を破壊した大罪人で、マーズがそれを撃破した英雄……」
「でも、どっちも時の魔女が絡んでるんですよね?」
「そうだな、セノン。クーリアは身体を、時の魔女に乗っ取られた。彼女の乗っていたサブスタンサーも、時の魔女の能力で次元の狭間から召喚したモノだ」
「だがよ、艦長。マーズの野郎を甦らせたのも、ヤツにサブスタンサーや艦を与えたのも、時の魔女の仕業だろうぜ」
「付け加えるなら、彼の2人の子供の誕生にも、時の魔女が絡んでいるでしょうね」
「2つの勢力を争わせる……これじゃまるで、エリス(混乱をもたらす魔女)……」
ボクは、そう言いかてハッとした。
『エリス』とは、1000年の昔のボクが、時澤 黒乃に抱いたイメージそのものだった。
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