冥王と冥府の女王
『マーズは、空いたディー・コンセンテスの席に、バルザック・アイン大佐と、コリー・アンダーソン中佐を任命致しました』
MVSクロノ・カイロスの指令室で、情報収集を一通り終えたウルズが述べる。
『今後、バルザック大佐はプルートを名乗り、コリー中佐はプロセルピナと名乗るとのコトです』
彼女はすでに、集まったスタッフに様々な情報を与えてくれていた。
「『プルート』は、冥王星か。ギリシャ神話だと、ハデスに相当する神だよな」
『はい、艦長。ローマ神話の冥府の神であり、プルトニウムの語源となった神でもあります』
「プロセルピナってのはもしかして、ベルセポネ-のコトか?」
『その通りです。ハデスに略奪されて妻となった有名な神話があり、以降は冥府の女王になったとされております』
「本来なら12神に含まれない冥府の神々が、ローマ12神(ディー・コンセンテス)の列に加わろうとしている?」
『ハデス、ベルセポネ共に、稀にですがギリシャ12神には選ばれる場合がございます』
「なるホド。だからマーズは、2柱の名前を使ったのか」
『恐らくは。プルートは冥王星を拠点とする太陽系外縁部局長、プロセルピナはセドナを拠点とする太陽系外縁部副局長に任じられました』
「ところで、2人はどんな人物なんだ?」
「英雄ですね、おじいちゃん。お2人とも、『冥界下りの英雄』と呼ばれてました」
隣の席に座っている栗毛の少女が、微笑みながら言った。
「確かに2柱とも、冥府の神の名前だな。冥王星や、その衛星カロンを含む、エッジワース・カイパーベルトの調査でもしたのか?」
ボクは、セノンの情報に自分なりの見解を添える。
「よく解ったな、艦長。まさしくその通りだぜ。バルザック大佐を隊長とする探査隊が、何年にもわたってエッジワース・カイパーベルトに属する天体の構成や軌道を調査し、航路や基地を整備するなど多大な功績を上げたんだ」
「探査隊の英雄か。まるでスペースオペラだな」
真央の言葉に、1000年の昔に見たアメリカのSF映像作品を思い出しながら、艦橋から見える広大な宇宙に眼をやった。
「でも、おかしい……」
「おかしいって、何がだ、ヴァルナ?」
「2人はもう、死んでいる……」
「死んでるって、そんなハズは無いだろう。実際に、任官の式典も放映されてたじゃないか」
「イヤ、艦長。ヴァルナの話は本当なんだ。コリー・アンダーソン中佐は、任地のセドナで不治の病にかかって亡くなったと発表があった。バルザック・アイン大佐も、探査任務の最中に消息不明になったとされている」
「どう言うコトだ。2人は、死んでるってコトか!?」
ハウメアの言った衝撃の情報に、理解が追い付かない。
「もちろん、情報が誤報だった可能性はあるぜ。地球や火星圏と違って、エッジワーズ・カイパーベルトの宙域は、まだまだ未開拓だし、セドナに至ってはさらに外側を公転する天体だ。それに企業国家か形成されるにしたって、あまりに広いからな」
「そうか、真央。だけど、もう1つの可能性も捨て切れないな」
「もう1つの可能性って、なんだよ?」
サファイアブルーの短髪の少女が、訝しい顔でボクを見た。
「2人が、死んでいた可能性だよ」
「ハア、いきなりなに言って……ア!?」
真央のターコイズブルーの瞳が、大きく見開かれている。
「どうしたんですか、マケマケ。そんなに、驚いて?」
セノンが、真央・ケイトハルト・マッケンジーを独特のあだ名で呼んだ。
「お前、まだ解らないのか?」
「セノン、相変わらず……」
「わたし達は、甦った人間をもう知ってるでしょ」
「あッ、マーズさんのコトだ!」
ポカンと空いた小さな口を押え、驚く少女。
「そう、マーズはベルダンディ率いるボクの艦隊に敗れ、宇宙の藻屑となって死んだ。だけど彼は甦り、今や火星と太陽系の盟主にまでなろうとしている」
『そしてマーズは、時の魔女の手で甦ったのです』
ウルズの姿を取るフォログラムは、ボクを見つめていた。
「つまり2人は、時の魔女の息がかかった人間かも知れないんだ」
ボクの言葉に、指令室はかなりの時間沈黙した。
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