アーリークロス
「やったぜ、蘇禰(そね)までゴールを決めやがった!」
ベンチで、中学からの同僚のゴールを喜ぶ紅華さん。
「フッ、一馬のヤツもやるな。最初からシュートじゃなく、パスを狙っていたとは」
「そうっスね、倉崎さん。一馬も、よく蘇禰に出してくれたぜ」
「監督も言っていたが、蘇禰も優れた選手だ。与えられた仕事を、堅実にやり遂げるタイプだな」
「クッソォ~、オレもウカウカしてらんねぇぜ。アイツらに、ポジションを奪われちまう」
「オレさまなんて、さらにウカウカしてらんないよォ。ケガが長引いたら、どうしよう!」
足を削られた黒浪さんが、不安を吐露する。
「こればかりは、お互いじっくりと治すしかないだろうな、黒浪」
「そ、そォですよね」
車椅子の倉崎さんに言われると、黒浪さんも納得する他なかった。
「とりあえず、これで同点ね。サッカーの試合とは思えない、数字が並んでるケド」
監督がため息と共に見た視線の先にある、8-8と書かれたスコアボード。
「ど、同点にされちゃった……お兄ちゃん……」
剣道の面を被った少女は、試合の行方に表情を曇らせていた。
「クッソ。テメーがジャマしなきゃ、同点どころか突き放してたのによ」
岡田さんが、後輩に向かって言葉を荒げる。
「それはお互い様ですよ、キャプテン」
真っ赤な額も痛々しい千葉委員長は、一歩も引く様子もない。
「次の1点、どっちが獲るかだ。どのみち点を取らなきゃ、勝てんしな」
「同感です、オレは負けませんよ」
2人のストライカーは、左右に分れて行った。
「オイ、鬼兎。テメーの相方はヘバッて使えねぇみてーだし、オレらで打開するぞ」
「ハ、ハイ」
相手ボールで試合が再開され、仲邨 叛蒔朗のドリブルに、鬼兎さんが追従する。
「ここまで来て、抜かせるワケには行かないであります!」
仲邨さんがフェイントを入れる前に、杜都さんの綺麗なタックルが炸裂した。
「クソ!」
けれども仲邨さんは、僅かにボールを触って、タックルで奪われたボールの方向を変える。
「ナイスです、先パイ」
零れ球に詰めた鬼兎さんが、大きく右に展開した。
ボールは、右サイドバックの藤田さんに出る。
「よっしゃ、ここはオレに任せな。さっきの失点の原因を作っちまったのは、オレだからな」
フリーでボールを受けた藤田さんが、豪快なパワー任せのドリブルでサイドを駆け上がった。
「またオレたちが、止めてやる!」
「コイツはドリブルだけじゃなく、ロングパスで展開も出来るんだ」
「今度は、まずオレが行く!」
汰依さん、蘇禰さん、那胡さんの3人が、サイドを突破しようとする藤田さんに包囲を狭める。
まず最初に仕掛けたのは、得点を決めた蘇禰さんだった。
「お前には、同点弾を決められちまった借りがあるぜ。ここは、強引に突破だ!」
「グワッ!?」
勢いのままに突破を図る藤田さんに、吹き飛ばされる蘇禰さん。
「よし、ナイスプレイだ、蘇禰」
「ヤツのドリブルの勢いが、緩んだぞ」
けれどもその間に、汰依さんと那胡さんが進路を塞ぐ。
「コ、コイツ、最初からオレのドリブルの勢いを、弱めるのが狙いだったのか!」
蘇禰さんとのコンタクトプレイで、勢いを無くした藤田さんのドリブル。
一見、突破は不可能に見えた。
「藤田、こっちだ」
「お、おう!」
藤田さんは、声の主にバックパスを出す。
「渡辺、走れ!」
ボールを受けた鬼兎さんが、左サイドバックの渡辺さんに激を飛ばした。
「マ、マズいぞ。逆サイドに展開されたら……」
「ここは、なんとしても通させるな!」
汰依さんと那胡さんが、ロングパスを出させまいと、鬼兎さんの横のラインを切りに行った。
「甘いな、渡辺は囮だ」
「な、なにィ!?」
「狙いは、ロングパスじゃないだと!」
鬼兎さんは、渡辺さんにはパスを出さず、右サイドの藤田さんにパスを返した。
「あの鬼兎って選手、メチャクチャ上手いプレイね。自分にマークを集めて置いて、右サイドバックをフリーにしたよ」
「そうですね。これでガラ空きの右サイドが、藤田に突破されてしまう」
倉崎さんが懸念した通り、ウチの左サイドを悠々とドリブルする藤田さんが、チラリと中を見る。
「逆サイドの選手には、オレが付く。中は頼んだぞ!」
右のセンターバックに入っていた雪峰さんが、相手左サイドバックの渡辺さんをマークに出た。
確かに前のプレイでは、藤田さんは渡辺さんにパスを通している。
「オレのパスは、なにもサイドチェンジの為だけにあるんじゃ無ェぜ!!」
けれども藤田さんが出したパスは、狡猾な2人のストライカーに向けた、『アーリークロス』だった。
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