武勇伝
「これからアイドルの方々に、インタビューをされるのですよね。ジンは度数の低いモノを、それに氷を多めにテイストしてございます」
初老のバーテンダーは、柔らかな笑顔も見せた。
「別に気を遣って貰わなくたって……今は、強い酒が飲みたい気分って言うか……」
「オイ!」
ボクは、友人の言葉に怒気を強める。
「まあまあ、お若い先生。アナタのご友人は、どうやらなにか悩んでおられる」
「え、ええ。まあ、そうなんですが……」
チラリと、隣の席の友人を見た。
普段のいい加減な顔とは、明らかに異なる険しい表情。
AIたちに圧倒的な才能の差を見せつけられ、少しばかりはあったであろう作曲家としての自信を、粉々に打ち砕かれたのだから致し方なしか。
「わたしに話したところで、問題が解決するワケじゃありませんがね。少なくとも1人で抱え込んでいるより、マシだと思いますよ」
そう言いつつもマスターは、丁寧にグラスを拭いていた。
「そ、そおッスね……」
友人は、カクテルを一気に飲み干した。
「実はオレ、ゲーム会社の下請けで、ゲームミュージックを作ってる会社に勤めていて……」
酒の力を借りつつも、友人は今までの経緯をバーテンダーに説明する。
2組のアイドルグループと会ってリスニングし、曲のイメージを膨らませていたコト。
意気揚々と乗り込んだ、ユークリッド高層マンションの地下にあるライブステージ会場で、レアラとピオラの人工知能に才能の違いを見せつけられたコト。
ボクも、友人の言葉足らずな部分をフォローしつつ、なんとか説明を伝え終えた。
「そんなコトが……世の中、変わってしまったモノですな」
それが、初老のバーテンダーの率直な感想だった。
「新しい時代の波というヤツは、時にそれまでの時代の営みを、容赦なく押し流してしまうモノです」
店には、ゆったりとしたジャズの音色が流れる。
「マスターも、そんな経験がお有りなのですか?」
「この年まで、生きていますとね。良いときもあれば、悪いときもありました。この店だって何度、時代の波に飲まれそうになったコトか」
若造であるボクの質問にも、几帳面に答えてくれるバーテンダー。
「でも今の時代は、あまりに流れが速いんスよ。技術の進歩で、先生だって大量に解雇されて、そのウチ人間だっていらなくなっちまう!」
少しは酔っているのか、本音をぶつける友人。
「厳しい言い方になりすが、昨今は時代の流れが緩やかになったモノだと、感じておりました」
「と、当事者じゃないから、そんなコトふぁ言えるんれすよ」
「オイ、止めておけ」
ボクは友人を、落ち着かせようとする。
「そうですな。逆にわたしが青春を謳歌していた時代には、アナタ方は生まれてません」
「ボクたちも、マスターの時代の当事者じゃないってコトですか」
「少しだけ、むかし話をしましょう」
マスターはそう言って、友人に新たなカクテルを出し、ボクの前には水を置いた。
「わたしの若かった頃は、『激動の時代』とも呼ばれておりました。大陸に侵攻し、アジアに版図を広げた旧日本軍。アメリカや連合との戦争に敗れ敗戦国となり、ドン底を経験した……と言うのは、わたしの生まれる前の出来事になりますがね」
「ボクからすると、教科書に書いてある出来事ですね。実感が沸かないって言うか……」
「わたしの子供の頃には、まだまだ戦争経験者が大勢いて、戦争での悲惨な体験や武勇伝を、語ってくれたモノです」
「悲惨なのは解りますが、武勇伝とは?」
「そうですな。兵士として戦争に従軍して、民間人を虐殺した……とかですよ」
「そ、それが、武勇伝ですか!?」
「実際に、戦争を経験した人にとっては、そうなのでしょう」
「だ、だけど、民間人を虐殺って……」
「自分の命すら、軽んじられる時代です。戦場に立てば、気の合う仲間が次々に死んで行く。上官の命令に逆らえば、銃殺刑。敵前逃亡も、銃殺刑。最初は上官の命令で、嫌々やっていたものの、段々と慣れるらしいです」
「イヤイヤ、慣れたらダメだろ」
友人もいつの間にか、マスターの話に引き込まれている。
「敵の弾に当たるのは、気合が足りないからだ……が、まかり通っていた時代ですからね」
「完全に、精神論が支配しちゃってるな」
「実際にそれで、勝っていたんですよ。東南アジアからインド亜大陸から、ところ狭しと侵攻して行ったワケです」
「でも、最終的には負けたんだよな?」
「戦争が銃剣突撃の時代では、無くなってしまいましたからね。戦車、戦艦、戦闘機、機関銃、新たな兵器が次々に戦線に投入され、戦術も目まぐるしく変化して行ったのだとか」
「マ、マジか」
「それだけじゃ無い。人類は同じ人類に、核を使ったんだ……」
結局のところ戦争とは、その殆どが蛮行なのだと実感した。
「ちなみに、戦争の武勇伝を語ってくれたのは、わたしの高校時代の国語の先生でした」
「せ、先生……民間人を虐殺した人が、先生やってたんですか!?」
「ウチの高校は、戦争帰りの先生が多かったですから」
初老のバーテンダーは、コトも無げにほほ笑んだ。
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