新たなる統治機構
アクロポリス侵攻と名付けられた動乱は、火星と太陽系人類の政治体制を大きく変化させる。
それまで火星にあって、人類を導き全体意思を決定して来た中枢機構、ディー・コンセンテスは、アポロやメリクリウスの脱退もあって瓦解した。
「オレに恭順の意を示したのは、サターン(土星圏の代表)とバックス(ギャンブル・リゾート統治機関の代表)、ヴァルカン(工業生産連合の代表)、ヴィーナス(金星圏の代表)の4名だけとはな」
アテーナー・パルテノス・タワーの最上階に存在する、12の椅子が並べられた会議室で、真っ赤な髪の男が悪態を付く。
彼の周りの椅子は、4つしか埋まっておらず、残りの7席は空席だった。
「ミネルヴァの婆さんは、相変わらず地球圏を動かす気は無いらしいぜ、マーズ。自分の命すら、失っても構わないって覚悟だそうだ」
両足をテーブルに投げ出したバックスが、頭の後ろで手を組み椅子にもたれかかる。
「バックス、お前は何故オレに従う気になった?」
「そりゃあ、金の匂いがするからだ。ディー・コンセンテスによる統治は、数多の民に安全と秩序をもたらしたかも知れねえが、オレにとっちゃあ退屈極まりなかったからな」
「オレが貨幣経済を、復活させるとでも?」
「イヤイヤ、復活させるのはこのオレだ。市場経済とマネーが人を支配し、金のあるヤツらが持たないヤツらを虐げる。どうだ、素晴らしい世界だろ?」
「確かに、そうですね。興味深い」
父親の代わりに答える、ロムルス。
「お前は、この男の欲望に満ちた計画(プラン)に、賛成なのか?」
「ええ、父上。実際、貨幣経済の復活を望む声が、多くあったのも事実です」
生まれたばかりの息子は、すでに多くの知識を持っていた。
「それに、父上に従うディー・コンセンテスのメンバーが、4人だと言うのもむしろ好都合です」
「……と、言うと?」
「空いたポジションには、父上の息のかかった者たちを任命してしまえば良いのです」
父親と同じ金色の髪を、クルクルと指に巻きながら、平然と言ってのける美少年。
「アラァ。可愛らしい坊やなのに、考えるコトは大胆で狡猾だコト」
グラマラスな身体に赤いドレスを身に纏った、金髪の美しい女が言った。
組まれた足の太ももと、大きく開いた胸を、少年に見せつけるようにして微笑む。
「止せや、ヴィーナス。お前はミネルヴァが仕切ってたときは、沈黙を決め込んでたクセに」
「だぁってェ。あのババア、規律がどうとかうるさいのよね」
「ギャハハ、違ェねえ。オレたちには、自由な気風ってのが性に合ってるぜ」
美の女神の言葉に、バックスが下品な笑いで同調した。
「レムス、父上に資料をお出ししろ」
大人たちの悪ふざけに、不快な表情を浮かべたロムルスだったが、一切を無視して会議を進行する。
「兄上に言われ、何名か候補者をピックアップして置きました。どうぞ」
弟のレムスが、12の椅子が並ぶ会議室の中央に、リストを表示させた。
彼も兄と同じ金髪だが、褐色の肌をしている。
「1人は、バルザック・アイン大佐。もう1人は、コリー・アンダーソン中佐です」
「なるホドな。太陽系外縁部の宙域を探査・発展させた、『冥界下りの英雄』の2人か」
球体のモニターを覗き込む、マーズ。
「オイ、待てよ。バルザックは冥王星の基地から探査に出て、消息不明になっているぜ」
「コリーは、セドナに赴任して間もなく、病で亡くなったと聞いたのだケド?」
バックスとヴィーナスが、訝しげな顔をする。
「心配には、及びませんよ。彼らはすでに、この火星に来ているのです」
「な、なんだと!?」
「そんなハズは、無いわ」
バックスとヴィーナスが驚く背後で、会議室のドアが開かれた。
「わたしは、バルザック・アイン大佐だ。冥府より舞い戻って来た……とでも、言っておこうか」
青みがかった長髪に、鉛色の肌をした男がほくそ笑む。
「コリー・アンダーソン中佐であります。わたしも、不治の病から生還いたしました」
エメラルドグリーンの長い髪をした、美しい女性が敬礼しながら言った。
この瞬間、空席だった7つの椅子のうち2つが埋まった。
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