居なかった生徒
「先生、それってどう言う意味でしょうか?」
合理主義を貫く少女らしく、率直に質問するメリー。
「実はユミアも、キミと同じコトを言っていたんだよ」
「ユミアが……なんと?」
メリーは、コーヒーカップを顔の高さまで上げたまま、ボクを見つめている。
「メリーは凄いって。自分は彼女のようには、出来ないって言っていたよ」
「そんな……スゴイのは、ユミアの方であって……熱ッ!」
「うわあ、コーヒーが零れたっス!?」
テミルが慌てて、おしぼりを差し出す。
「悪い、火傷しなかったか?」
「え、ええ。大丈夫です」
テミルから受け取ったおしぼりで、手を冷やすメリー。
「お前が、ワケのわからんコト言うから。ユミアちゃんは、日本の誰もが知るアイドル教師なんだぜ。流石に、比べる相手が悪いだろ」
友人も自分のおしぼりで、零れたコーヒーを拭き取ってくれている。
「すまないが、本当のコトなんだ。ユミアは、メリーを本当に凄いと思ってる」
「きっと、冗談ですよ。ユミアの実績からして、どう考えてもわたしに劣っているところなんて……」
「ユミアは、人前では授業ができないんだよ」
ボクは、真っすぐにメリーを見た。
「なに言ってるんですか。そんなハズ……アッ!?」
ハッと目を見開く、八木沼 芽理依(やぎぬま めりい)。
「ユミアがユークリッドの教育動画を撮っていたのは、あくまで天空教室のあるマンションのスタジオなんだ。そこには、生徒なんて居なかった」
「なるホド。言われてみれば、ネット配信の授業動画だ。生徒が居なくたって、成り立つモンな」
友人が、頭の後ろで腕を組んで納得している。
「久慈樹社長や撮影スタッフくらいは、居ただろうケドな。他には、生前の倉崎 世叛か」
「倉崎 世叛って、ユミアの実のお兄さんだったんですよね?」
「そうだな、エリア。彼はユミアにとって、心の拠りどころだったのだと思う」
「そうですか……ユミアがそんな風に……」
メリーは、コーヒーカップをソーサーに置いた。
「ネットでのあのコを見てると、髪の色とか変えてるってのもあるケド、大人びて見えて……わたしよりも遥か高見で、物事を考えてるんだろうなって思ってました」
「彼女も、キミたちと同じ年ごろの少女さ。繊細で傷つきやすく、大人びているかと思えば、子供みたいに無邪気な顔もする。意地っ張りだが、仲間思いの良いコだよ」
ボクは出会った頃からのユミアの顔を、次々に思い浮かべていた。
「先生、あの噂ホントだったんスか。先生とユミア氏が、付き合ってるってウ・ワ・サ」
メリーの隣で、テミルがニヤついている。
「そんなワケないだろ。とにかくユミアは1年以上も、新規の教育動画を出せないでいる。彼女もメリーと同じように、悩みをたくさん抱えてるんだ」
「ユミアが教育動画を出せない理由って、お兄さんが死んでしまったコトにあるんですよね」
メリーが言った。
「そうだな。それによってアイドル教師としてのユミアは、笑顔を失ってしまったんだ」
ボクは改めて、自分に課せられた課題を思い出す。
彼女の笑顔を取り戻せなければ、ボクはユークリッドには居られないのだ。
「……前にユミアが、打ち明けてくれたコトがあったわね」
「あったっスね。ユミアがアイドル教師の姿で出てきて、ビックリしたっスよ」
「けっきょく、久慈樹社長に有耶無耶にされた感じで、授業に突入しちゃったケドね」
プレジデントカルテットの残る3人も、あの日の煮え切らない結末に、納得していない感じだ。
「ああ。あの放送、後から見たぜ。コイツが、とんでもない思わせぶりな台詞吐いたヤツ」
「自分でも、迂闊だと思ってるよ。その後は散々、マスコミ連中に追い回されてるからな」
「わたし、あの日から色々と考えたんです。ユミアが、笑顔を無くした理由を」
「そうか。だけど、彼女自身も答えが……」
「ユミアが笑顔を無くした理由って、生徒が居なくなってしまったからじゃないかと……」
八木沼 芽理依が、珍しく自信が無さそうに言った。
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