神を信じない牧師
「ここは隠れた名店なのか?」
アンティークな調度類が並んだ喫茶店は、昼時と言うコトもあってか、客足が途絶える気配は無い。
「ひっきりなしに、ドアが開く音が聞こえる。この奥まった席に陣取って、正解だったな」
「客足の話なら、ウチら目当てだと思うっスよ」
注文を終えたテミルが、メニューを隣の席のエリアに渡しながら言った。
「わたし達、ホントにアイドルになったんだよね。実感湧かなかったケド、ユークリッターでもかなり検索されちゃってるし……あ、すみません、注文いいですか?」
メニューを受け取ったエリアが、注文を始める。
思えばボクの前に並んだ4人の少女たちは、今やアイドルであり、1人1人にファンが付き始めていたりもするのだろう。
「わたしは、お袋の味グラタンと和風スパゲティ、オニオンスープにフォカッチャ、飲み物はミルクティーをお願いします。あと、デザートはミルクたっぷりミルフィーユで」
「キ、キミもたくさん食べるんだね……ちなみに彼女は?」
引きつった顔の友人が、予想通りの台詞を零した。
「エリアだよ。我柔 絵梨唖(がにゅう えりあ)。近郊にある教会の、牧師見習いなんだ」
「牧師さんかぁ。女の牧師って、ケッコー珍しいよな」
「それは解っています。昔から宗教の指導者の多くは、男性でした。ウチの教会はプロテスタントだから、女性の牧師も認めていますが、キリスト教もカトリックでは、神父になれるのは男性のみと決まっていますからね」
「へ、へェ、そうなんだ。オレ、宗教とかまったく興味ないから、よく解らないや」
「それも解ってます。日本人の多くは実質、無神論者ですから」
友人の軽い言葉に、エリアの表情が曇る。
「あ、それそれ。日本人は仏教で葬式出して、神社に初詣(はつもうで)行って、キリスト教のクリスマスでパーティーしたり、バレンタインでチョコ交換したりしてるモンな。最近じゃ、ハロウィンまで流行らせようとしてるし」
「日本では、クリスマスもバレンタインもハロウィンも、商業主義なイベントに過ぎません。クリスマスにショートケーキを食べるなんて、日本独自ですし」
「え、そうなの?」
「日本の場合、八百万の神々がいて、万物に神が宿るって考えが根本にあったりするからな。宗教の点で見れば、かなりおおらかなんだろう」
「……と言うか、殆どのヤツは本気で神なんか信じてねェ……あ、ゴメン!」
せっかくフォローしてやってると言うのに、この友人(アホ)は……!
「エリアちゃんは、神って信じてるよね?」
「信じてるワケ、無いでしょ……」
エリアは、ポツリと呟いた。
「え……?」
唖然とする、友人。
思えば、教師だったエリアの母親は、教民法に抗議するために自ら命を絶った。
牧師の父親は、自分の妻が自殺を選んだ理由が解らないんだと、エリアは言っていた。
もしかすると、彼女自身も……。
「あの……注文は、以上でしょうか?」
ふと見ると、散々待たされたウェイターのお姉さんが、苦笑いを浮かべていた。
「わたしは、コーヒーとサンドイッチでいいわ。メリーはなににする?」
「そうね、わたしも同じで」
優等生のライアとメリーは、空気を読んですぐに注文を確定させる。
「ゴ、ゴメンね。アタシが長々と、無駄話をしちゃったせいで」
「気にするコトは無いわ、エリア」
「元々、それくらいの注文の予定だったのだから」
それからしばらくして、テーブルにはテミルとエリアの頼んだ大量の料理と、ライアとメリーの頼んだコーヒーとサンドイッチが運ばれて来た。
「いっただきま~す。ところでご友人さんは、アタシたちのソロ曲を作ってくれるんスよね?」
琥珀色の髪の三つ編みお下げの少女は、ロコモコ丼をリスのように頬袋に詰め込みながら問いかける。
「そうだよ、テミルちゃん。だけど、キミたちにはゼンゼン面識なくてさ。情報も少ないから、こうして直接会いに来たってワケ」
「なるホド。わたし達それぞれのイメージに合った曲を作るために、わざわざ来て下さったのね」
「そう言うコト。メリーちゃんだっけ。キミはどんなプレジデントを目指してるんだい?」
「フフ、わたしが目指してる職業は、プレジデントなんて呼ばれたりはしないわ。だって……」
八木沼 芽理依(やぎぬま めりい)は、悪戯っぽい瞳でボクを見つめていた。
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