アト・ラティアの本
「1つ、質問があります」
パレアナの口が、小声でそう呟く。
「なんだい、クシィ―。まさかキミから質問をして来るなんて、思っても見なかったよ」
サタナトスのみならず、虚城に集いし大魔王とその7人の部下たちも、同じ考えだった。
「アナタは、1万年の昔にアト・ラティアと共に死んだ、わたしの魂を呼び起こしました。サタナトス、アナタは選ばれた王なのです」
「キミを見つけたコトに関しては、単なる偶然ではあるケドね」
「偶然では、ありません」
「なんだって……おかしなコトういうね、キミは?」
自分の意見を否定されたサタナトスは、少し向きになって反論する。
「ボクは海皇ダグ・ア・ウォンを大魔王とするために、キミの眠る宮殿を利用させて貰ったに過ぎない。その時、偶然見つけたペンダントを、ニャ・ヤーゴの教会の娘に付けた。そして偶然にも、キミが目覚めたと言うワケさ」
「それら全てが、本当に偶然だと思っているのですか?」
3体の鎧姿の下僕に囲まれた少女は、あどけなさの残る顔で金髪の少年を見つめた。
「違うと、言うのかい。キミが目覚めたのは、偶然じゃなかった……と?」
「そうです。アナタはどうして、海溝の底の深海に眠る街や宮殿に、辿り着けたのです?」
「カル・タギアの図書館で、古代の書物を見つけてね。そこにかつて栄えた、アト・ラティアのコトが記されていたのさ」
「サタナトス様はナゼ、異国の図書館で古代の書物などを、見つけようとしたのですか?」
今度は、紫の海龍アクト・ランディーグが伺いを立てる。
「そうだね。気まぐれと言ったら、納得するかい?」
「い、いえ、少々不自然に感じます。アト・ラティアなど、現在ではカル・タギアでも伝説上の存在と思われておりました。それをどうして……」
「調べる気になったのか……しかも、部外者であるこのボクが?」
少年は、苦笑いを浮かべた。
「ウ~ン、言われてみると不自然っすね?」
「確かにカル・タギアには、世界有数の蔵書を誇る図書館があるっしょ」
「だども、そんな中からなんで、アト・ラティアの本なんだべ?」
「まさか、キミたちにまで不信に思わるとはね。流石に、説明しなきゃダメか」
少年は、気怠そうに玉座に身を委ねた。
「ボクは妹と共に、孤児として人間の村の教会で育ったのさ。その教会には、古びた本棚があってね。シスターの趣味なのか、色々な分野の本が並べられていた。その中の1冊に、書かれていたんだ。かつて、超文明として栄華を誇った伝説の都アト・ラティアが、1夜にして海深く没した物語がね」
「そう言うコトでしたか……」
栗色の髪の少女が、玉座の少年の前に立った。
「これで、判っただろう。ボクがアト・ラティアに興味を持ったのは、単なる偶然に過ぎないと言う……」
「いいえ、やはり偶然などではありません」
「ハア、一体なにを根拠にキミは……」
「その本を、他の者たちは読めましたか?」
「な……なにを!?」
ハッとした顔をする、サタナトス。
「アト・ラティアの物語が書かれた本を、アナタかもしくはアナタの妹以外の人間も、読むコトが出来たのかと伺っているんです」
「よ、読めなかったさ。読めたのは、ボクとアズリーサだけ。博識ぶってたシスターにすら解読できない文字で、書かれていたからね」
それは幼かった兄妹が、迫害を受ける一因にもなった本だった。
「恐らく、その本に書かれていた言葉は、古代アト・ラティア語でしょう」
「ふざけるな、どうしてそんな古代文字が書かれた本が、貧相な村の教会なんかにある!」
「アナタは孤児と言うコトなので、知らないとは思いますが、血縁者に特別な能力を持った人間……アト・ラティア人がいたのでしょう」
「え?」
サタナトスは、パレアナが言った『特別な能力を持った人間』が、直ぐに頭に浮かんだ。
それは彼と妹を産み落とした、母に他ならなかった。
「あ、あの本は……母さんの形見……!?」
金髪の少年が呟いた瞬間、地面が大きく揺さぶられる。
辺り一面に、巨大な地震が発生していた。
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