プレジデント
「あ、撮影スタッフの人たち、来たみたいですね」
アステが言った。
玄関先でガチャガチャと、スチールケースの置かれる音が聞こえる。
「さて、曲のイメージもおおよそ掴めたし、オレらはそろそろ、おいとまするよ」
小型のタブレットとスマホを使ってメモを取っていた友人が、席を立った。
「え、もうすぐお昼だよ。食べてかないの?」
「食堂のスタッフさんも、来てくる予定です。簡易的なメニューなら、食べられるみたいですよ」
「前に来たとき食べた、カレーパエリアが人気でメッチャ美味しいんだァ」
「へ〜そうなのか、じゃあ食べて行こうかな」
エレトとメルリとマイヤに引き止められ、ボクの友人はあっさりと予定を変更する。
「オヒ、らいじょうぶ……らのか?」
「お前の方こそ、大丈夫かよ。医療スタッフも来たみてェだから、診てもらって来いよ」
「ああ、そうふるよ」
玄関から入って来ていた女性の医療スタッフにワケを話し、医務室に入って患部を見せる。
しばらくすると、食堂の方から良い香りが漂って来た。
「あ、先生が帰って来た!」
「ここのカレーパエリア、本当に絶品ですわよ」
エビや野菜が乗った黄色いライスを、口に運ぶタユカとカラノ。
「先生も一口、食べて。ハイ!」
ボクはアルキに、口の中にスプーンを突っ込まれる。
「ふぎゃああああぁぁぁぁーーーーーーーーッ!!?」
香辛料の針が、ボクの口の中全体に突き刺さった。
「……ギャハハ、まったくとんだ災難だったな、お前」
前を歩く友人の背中が、派手に揺れている。
ボクたちはテニススクールを出て、次の撮影場所へと向かっていた。
「誰のお陰で、こうなったと思ってる!」
「コトもあろうに、可愛い教え子の裸を覗いた、お前のお陰だろ?」
「ボクは休日、家でゴロつく予定でいたんだ。それを、お前がだなあ……」
「モノは考えようだぜ。変装しなくても、外を出歩ける顔になったんだ。それにしてもタリアちゃん、凄いパンチだな」
「タリアに叩きのめされた暴漢も、自業自得だと気にもしていなかったが、今は少しばかり同情するよ」
「そんなコトより、急ごうぜ。プレジデントカルテットが、裁判所での撮影を終えてる頃だからな。早くしないと、帰っちまう」
「お前ってヤツは……」
ボクたちは地下鉄に乗って2駅分移動し、撮影場所である簡易裁判所に向かった。
「簡易裁判所って言うから、小ぢんまりとした建物かと思いきや、けっこ〜デカいな」
「地方の小さな都市ならともかく、ここは巨大都市だからな。民事にしろ刑事にしろ、裁判の数にはコト欠かないのだろう」
どうやら友人は、ボクを真似て事前にアポを取っていたらしく、すんなりと受付を通過する。
「へ〜、裁判所ってこんな感じなんだ。受付とか、役所か車校みて〜だったよな」
「刑事ドラマやサスペンスなんかじゃ、法廷くらいしか出てこないからな」
「それにしても、裁判所を撮影現場に選ぶなんて、凄まじい発想だぜ」
「実はプレジデントカルテットの1人が、本物の弁護士を目指していてな」
「マジか。でもプレジデントって確か、大統領って意味じゃなかった?」
「確かにアメリカの国家元首である大統領が、プレジデントと呼ばれているのは有名だな。だがそれ意外の職業の最高責任者も、プレジデントと呼ばれるらしい」
「そっかぁ。弁護士であれば、弁護士事務所の経営者にでもなれば、プレジデントって呼ばれるのか?」
「まあな。でも実際には……」
「わたしはまだ、弁護士にすらなれてませんケドね」
振り返るとそこに、ライアが立っていた。
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