亡国の王女
「確かに、サタナトス様の『プート・サタナティス』によって斬られた者は、我らのように魔王となるか、あるいは消滅するかのどちらかですな」
アクト・ランディーグも、サタナトスの意見に同意する。
「この娘、なんだって魔王にもならなけりゃ……」
「消滅もしないって、あり得ないっしょ?」
「不思議だな」
メディチ・ラーネウス、ペル・シア、ソーマ・リオも、答えは導けない。
「教会での闘いの時、ボクの剣を受けたこの娘は、ボクと共にバクウ・プラナティスの切り開いた異次元空間に入り込んだんだ」
玉座から居並ぶ部下たちに、当時の様子を語る金髪の少年。
「気を失っていたモノの、消滅する気配もない。直ぐに殺そうと思ったんだが、興味が沸いてね」
「この娘……名前は?」
言葉使いの下手なベク・ガルが、主に伺いを立てる。
「皇女は確か、パレアナと呼んでいたよ」
それは亡き神父が、人々に愛を届けた聖女の名にあやかって付けた名前だった。
「でも残念ながら、彼女は長らく意識が戻らなかった。目覚めたのは、つい最近さ。それもリヴァイアス海溝の宮殿で見つけた、宝石に反応してね」
『それが、娘のしているペンダントか』
ダグ・ア・ウォンが低い声で指摘すると、彼の部下たちの注目は、娘が首から下げているペンダントの蒼い宝石に集まった。
「キミの名前は、なんと言うんだい?」
サタナトスが、娘に問いかける。
「サ、サタナトスさま?」
「先ほどご自身で、名前はパレアナだって言ったっしょ?」
「ンだ」
「わたしの名は、クシィー。クシィー・ギューフィン」
パレアナの口は、違った名前を言葉にした。
「アア、クシィ―だぁ!?」
「チョット、名前が違っちゃってるっしょ!」
「なんでだァ?」
「どうやら彼女の今の人格は、ペンダントの持ち主の生前のモノらしい」
「生前……サタナトス様は、ペンダントを宮殿のどこで見つけられたのですか?」
「『墓所』だよ。実際には違うのかも知れないが、表面がガラスの棺桶がたくさん並んだ部屋があって、中に多くの遺体が入っていた。その1つの小さな棺桶に、ペンダントをした少女の白骨があったんだ」
「そ、それじゃ今のこの娘は、テメェの記憶じゃなくて……」
「もう死んじゃってる、白骨娘の魂が宿って喋ってるっしょ!?」
「お、恐ろしやァ」
「キミは一体、何者だい?」
金髪の少年のヘイゼルの瞳が、少女を観察する。
「わたしは、アト・ラティアが王、ラムダ・ウル・ケンラッドが娘」
教会の時とは異なる白いローブを着た少女の胸元で、蒼い宝石が僅かに光った。
『アト・ラティア……失われた伝説の都か』
「ああ、彼女はあの海底遺跡の王女なんだ。恐らく記憶が、古代の技術でペンダントに刻まれているんだろうが、ボクも最初聞いたときは驚いたよ」
「で、ですがこの娘が、アト・ラティアの王女だったとしてよ……」
「それが一体、なんの役に立つっしょ?」
「ンだ」
「フフ、まあ直ぐに解かるさ。宮殿に放った偵察魔から、ヤツらの最期が送られて来る頃だからね」
一同の前に、大きな1つ目の使い魔が現れる。
その瞳には、海溝の宮殿のドーム内の様子が映し出された。
「これでやっと、鉄の鳥は倒せたな。ベリュトス、そっちはどうだ?」
「こっちも大方片付いたぜ、兄貴」
漁師兄弟の足元には、多くの鉄の鳥の残骸が転がっている。
「王子、こちらも終わりました。いただいた武器の性能が、スゴいですね」
「せやろ、ティルス。苦労して運んできた甲斐があったってモンや。まあ運んだのは、ビュブロスとベリュトスやケドな」
「だがオヤジには、逃げられちまった。また振り出しに、戻された気分だぜ」
「王子も解っているかと思いますが、あのまま戦っていたとして、我々に勝ち目はありませんでした。ダグ・ア・ウォン様の力で、世界に津波が押し寄せなかっただけでも、良しとするべきでしょう」
「うるせえな。解ってるよ、シドン。仕方ねェ、カル・タギアに戻るとするか」
バルガ王子は、足元の鉄の鳥の残骸を蹴り上げながら、来た道を戻ろうとした。
「待つのじゃ、王子よ。まだ、なにか居るようじゃ……」
「え? 居るって、一体なにがだよ、ルーシェリア」
「ダ、ダーリン、アレ見て!」
スプラが、ドームの壁際を指さす。
白い壁だったところに巨大な扉が開き、中からギシギシと重低音が鳴り響く。
「これって……鉄の巨人!?」
舞人が見上げた先にあったのは、金属の身体を持った巨大な人型兵器の姿だった。
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