伝説の都アト・ラティア
海底都市カルタ・ギアの周りの海より、さらに深度が下がった深海。
視界は黒とダークブルーに染まり、泳ぐ魚の群れやサンゴや海藻も減って、閑散とした光景が広がる。
「アレが、リヴァイアス海溝だな。デケエ裂け目が、海の奈落みてェに口を開けてやがる」
発光する不気味な目が幾つも連なった、深海ザメに乗ったバルガ王子が言った。
「しっかし、予想以上にデカい海溝ですぜ、王子!」
「こんなに大きな裂け目じゃ、海皇さまがどこに居るか探すのも大変だ。なあ、兄貴!?」
鋭い流線形の身体のサメに跨った、ビュブロスとベリュトスの漁師兄弟が答える。
「とにかく、闇雲に探すしかアラへんのかよ。ホンマ面倒やなァ」
巨大な脂肪の詰まった体のサメに跨った、料理人見習いのアラドスがため息を吐く。
「いいや。実は双子司祭殿から、巨大な魔力が検知できる宝珠を預かっているのだ。この下に、とてつもなく巨大な反応がある」
大きな眼を持った異形のサメに跨った、海洋生物学者のシドンが説明した。
「それが、海皇ダグ・ア・ウォンさまなのですね」
鋭利なのこぎりのついたサメに乗ったお付きの少女、ティルスが王子を見る。
「待っていろ、オヤジ。魔王なんかになる前に、オレが救い出してやる!」
バルガ王子率いる海皇パーティーは、6匹のサメと共にリヴァイアス海溝を下へと潜って行った。
「ねえ、スプラ。王子たち、先に潜って行っちゃったよ」
銀色に輝く長い身体にピンク色の美しいヒレを持った魚に跨った舞人が、前の少女に問いかける。
「仕方ないでしょ。向こうはサメで、こっちはゆったりと泳ぐリュウグウノツカイ……しかも、3人乗りなんだからァ!」
先頭のスプラ・トゥリーが、最後尾に乗った少女を恨めしそうに睨んだ。
「なんじゃ。妾に文句でもあるのか、軟体生物(イカ)の小娘よ」
「ああ、大ありだね。大体キミ、強いの? 付いて来たって、足手まといになるだけじゃない?」
「2人とも、止めろよ。今は、ケンカなんかしてる場合じゃないだろ」
「ねえ、ダーリン。ボクと後ろのコウモリ女、どっちが可愛い?」
「それなら妾に決まっておろう。のォ、ご主人サマよ?」
舞人を前後に挟んでの少女たちのケンカは、激しさを増す。
「だから今は、水中呼吸の丸石の効果が切れる前に……」
「ねえ、どっち?」
「さっさと答えるのじゃ!」
「ど、どっちも、可愛いよ」
「なにソレ。ゼンゼン答えになってないよ!」
「まさしく、浮気者の答えじゃ!」
「ええ!? なんて答えれば良いんだよォ!?」
「ボクが可愛いって、言ってくれればイイだけじゃないか(べーだ!)」
「妾が一番可愛いと、素直に言うだけであろうに(フン、小娘が!)」
「スプラも、ルーシェリアも、暴れるなって。うわあ!?」
3人が乗ったリュウグウノツカイを、急に激しい海流が襲う。
「深海の海溝ともなると、潮流が複雑だね。ダーリン、しっかり捕まってて!」
「ああ。頼んだぞ、スプラ」
舞人は、前に座る少女の腰に手を回し、護るように抱え込んだ。
「コラ、ご主人サマ。そんな小娘の腰に、手を回すでない……のわッ!?」
リヴァイアス海溝へと進路を向けた、リュウグウノツカイが急激に加速し、降り落とされそうになるルーシェリア。
「小娘が、ワザとやったであろう!?」
「あ~あ、ざんね~ん。せっかく、2人きりになれるトコだったのに」
舌をペロッと出し、おどけるスプラ。
「ね、ねえ。見てよ、2人とも。周りの海溝の壁!」
「な、なんだよ、これ……」
「壁が、金色に光ってるのじゃ!?」
その頃、3人より遥か先を行く海皇パーティーの6人も、同じ光景を目の当たりにする。
「シドン。こりゃあ、どう言うこった。どうして海溝の壁が、光ってやがる!?」
「それに文字だか模様らしきモノも、刻まれておりますね」
バルガ王子とティルスが、若き海洋生物学者に視線を向けた。
「なるホド……どうやらこの海溝はかつて、海の古代文明が栄えていた場所と思われます」
「なんだって。そりゃホントか!?」
「ええ、間違いないでしょう。カル・タギアの図書館にも、かつて深海で栄えた古代文明の記述がありました。伝説か神話の類とばかり思ってましたが、まさか実在していたとは……」
シドンの言葉通り、海溝の更に下の方に輝く光が見える。
「都市の名は、『アト・ラティア』。伝説が真実なら、海皇様の宝剣『トラシュ・クリューザー』や、7海将軍(シーホース)の持つ槍も、この失われた海底都市で造られたモノなのですよ」
6人の目の前に、黄金でできた神殿や塔が立ち並ぶ神秘的な街並みが、姿を現した。
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