ラノベブログDA王

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この世界から先生は要らなくなりました。   第06章・第23話

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ナトリウムランプ

 雨は、涔涔 (しんしん)と降り続いている。
白い墓が並ぶ墓所にも、小さな水溜まりが幾つも出来ていた。

「教民法の施行当時、わたしはまだ小学生でした。母の自殺の意味も解らなくて、あまりの出来事にショックで泣きじゃくってばかりいたんです」

 エリアは、水色の花束をそっと墓に手向ける。

「さぞや大変だったんだろうな。そんな言葉じゃ、言い現わせないくらいに……」
 しばらく沈黙が続き、ボクの紺色の傘から、ボツボツと雨粒の弾ける音だけが聞こえた。

「何より辛かったのは、世間の関心が教民法の施行一色で、母の抗議の自殺による死なんて、誰も気に止めなかったコトなんです」

「それはそうだろう。一般人の死に一々反応していたら、新聞は膨大な厚さになり、ニュースはアナウンサーが1日中喋り続けなきゃならなくなる」
 合理的過ぎる見解を示す、久慈樹社長。

「仕方の無い、コトなんでしょうね。でも、幼かったわたしは、母の自殺の意味を求めた」
「自分の心を納得させる答えが、必要だったんだな……」

「……ええ。そしてわたしは、父に問い続けた。父はわたしが生まれたときからずっと牧師だったし、信者に神の教えを諭す立派な姿を尊敬してたからです」

「お父さんは、キミに答えをくれたのか?」
「いいえ。父は熱心なクリスチャンです。キリスト教信者にとって、自殺は認められるモノではありませんでした。わたし以上に、母の自殺が理解できなかったんでしょう」

「それじゃあキミは、ずっと1人で答えを探し続けていたのか?」
「そうですね。何となく、答えなんて無いって解ってはいました。でも、それがあって欲しかった」

「キミの母親が自殺に至った原因は、教民法なワケだろ。法案をゴリ推しした安齋総理か与党のヤツら、もしくはバックにいた塾や私学の連中を恨む……なんてのは、しなかったのか?」
 久慈樹社長が、再び問いかける。

「正直、恨んだ時期もありました。でも、それでなにか変るってワケでも、ありませんでしたし」
 白いパラソルが、立ち上がって振り返る。

「結局……どうして母が自殺したかなんて答えは、出ませんでした」

 エリアは、はにかむように微笑んでいた。
牧師見習いの教え子に、なにも言ってやれない自分が歯がゆい。

「今日は、母の命日だったんです。それで先生にも母のコト、知ってもらいたくなっちゃって……」

「ああ、しっかり覚えて置くよ。キミの母……優しい先生のコトを」
 ボクは、墓標の『Eana ganyu』の名前を、心に刻み付けた。

「おや、やっと雨が上がってくれたじゃないか」
「ホントですね。あ、湖のトコ、虹が出てますよ」

 雨を散々に降らせた雨雲は、山の向こうに立ち去り、湖の上には小さな虹が架かっている。

「今日は、キミにアイツを紹介する予定で連れ出したんだが、思わぬ来客が現れてしまったな」
 帰りの車の中で、久慈樹社長が言った。

「エリアは明日、電車で帰るって言ってました」
「この車は2シーターだし、彼女は乗せられないからね」
 ヘッドライトが照らす高速道路の路面は、既に乾き始めている。

「彼女の母親のコト……知っていたんですか?」
「ああ。彼女たちを選んだのは、このボクだ。高校生だった頃に新聞の片隅に小さく載っていた記事……そこからピックアップして、彼女を天空教室に加えたのさ」

「そうですか……」
「厄介な過去を持つ少女ばかり、集めたモノだと思っているかい?」
 車は来た時とは別の道を選択し、トンネルへと入った。

「いいえ。彼女たちは、それでも前を向いて歩いています」
 ナトリウムランプが、車内をオレンジ色一色に統一する。

 それからボクたちの会話は、無くなった。
ボクは、ボクの生徒たちの顔を思い浮かべる。

 平穏な人生を歩めたボクとは比べモノにならないくらいに、ハードモードの人生を歩まざるを得なかった少女たち。
彼女たちを使って、久慈樹社長は実験をしようとしている。

 義務教育が破壊された世界に台頭した、教育動画の巨人であるユークリッド。
新たにリリースされたアプリ・ユークリッターによって扇動される世論やマスコミたち。

 ボクや天空教室の生徒たちは、時代の渦に飲み込まれようとしていた。

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