千葉 沙鳴(ちば さな)
自分の高校のサッカー部との練習試合が、明日に決まった日の学校からの帰り道、ボクは河べりの土手を歩きながら1人呟く。
「ああ……憂鬱だ」
当然、周りに誰も居ないのを確認していた。
「倉崎さんのケガも心配だケド、今度はボクがケガしちゃいそうだよ」
春先に、サッカー部に入部しようとしたときの光景が、思い浮かぶ。
「先輩たちみんな、強面(こわもて)の人ばかりだしなあ。レイトタックルとか平気でして来そうだし……ン?」
すると、土手の下にある川沿いのグランドから、声が聞こえて来た。
「よう、お嬢ちゃんたち。このグランドは、オレら曖経大名興高校が貸切るコトになった」
「さっさと退きな。じゃねえと、痛い目見るぜ」
ウチの制服を着た厳(いか)つい人たちが、白いウェアにミニスカート姿の女のコたちを相手に、ニヤニヤとうすら笑いを浮かべながら凄んでいる。
見覚えのある顔は、明日の対戦相手でもあるサッカー部の先輩たちだった。
「で、でもこのグランドは、誰でも共用で使えるハズなんじゃ……」
「先に使ってたのは、わたしたち曖経大付属中学のバドミントン部です」
「それを、いきなり退けだなんて……」
「なんだ。ウチの付属中学の、後輩じゃねえか」
そう言えば、曖経大名興高校には付属中学があって、中・高・大の一貫校なんだ。
ボクは高校から入ってるから、あんまり実感ないケド。
「だったら先輩の言うコト聞いて、さっさと退くんだな」
「それとも、オレたちと付き合ってくれっか?」
「だったら、話は別だぜ。ギャハハハハ!」
下品な笑いを前にバドミントン部の女のコたちは気圧され、退散しようとしていた。
「みんな待って。退く必要なんて無いわ」
……へ?
いきなり、目の前から声がする。
「勝手な言い草で難癖付けて、可愛い後輩の女のコを相手にグランドを明け渡せだなんて、アナタたちそれでも先輩?」
グランドに目が行ってて気付かなかったケド、目の前に女のコが立っていた。
「ウチの高等部のサッカー部は、評判悪いって聞いてたケド、ホントみたいね」
彼女はボクより頭1つ分くらい小柄で、黒いツインテールを頭のかなり後ろの方で結んでいる。
「ま、その顔じゃ、誰も彼女なんて居ないんでしょうケド」
一貫校のシンボルからーである紫と、白い襟のセーラー服に、白いスカートを穿いていた。
背中には、小さなリュックを背負っていて、何やら長い物が布に巻かれて刺さっている。
「なんだァ、生意気な女だぜ」
「……ってか、隣を見ろよ。アイツ、例の入部届け叩き付けた、1年だぞ!?」
「そ、それじゃあ、あの女、1年の彼女なのかァ!?」
……いえ、違います。
でも、人前じゃ喋れないんだよなあ、ボク。
そう思いながら隣を見ると、ツインテ女のコが悪戯っぽく笑っていた。
「そうよ。わたしは、千葉 沙鳴(ちば さな)。この人は、わたしの彼氏よ」
沙鳴と名乗った女の子は、ボクの右腕に無邪気に抱きつく。
「か、彼女だとォ!!」
「ウチのサッカー部なんざ、女人禁制ってワケでもねェのに、女の姿かたちすら無ェってのに」
「彼女持ちたァ、舐めたマネしてくれるじゃねえか!」
ええ、怒るとこソコ!?
すると、ボクの腕を締め付ける力が強まった。
「ねえ、見て。アイツらやっぱ、彼女も居ないみたいよ。残念ねェ」
でも、胸の圧力は全然ない……残念な感じだ。
「誰が残念だ、コラァ!」
「お前らも、さっさとそこを退け!」
「じゃねえと、痛い目合わせるぜ」
「いやァ、やだ!」「きゃああッ!」
沙鳴に挑発されて熱くなった先輩たちが、バドミントン部の女のコたちを追い払おうとする。
「ちょっと、止めなさい!」
ボクの隣から、女のコが飛んだ。
白いスカートが翻り、ピンク色に白いドット柄の布が目に映る。
「みんなには、指一本触れさせやしないわ」
リュックに刺さっていた長い物は竹刀で、それを持って先輩の前に颯爽と立ちはだかった。
「なんだァ、この女。竹刀なんか持ち出しやがって」
「構うコトは無ェ、やっちまえ!」
時代劇のやられ役のような台詞を吐き、沙鳴に突っ込んで行く先輩たち。
「やられるのは、アナタたちの方よ」
少女の竹刀が、先輩のあご先にヒットし吹き飛ばした。
続けざまに、もう1人の先輩の溝落ちにも一撃が入る。
「どう、これで引く気になったかしら?」
千葉 沙鳴は、ツインテールを靡かせながら凛とした。
前へ | 目次 | 次へ |