我柔 絵梨唖(がにゅう えりあ)
低く垂れこめた灰色の雲から、カーテンのように降り注ぐ雨。
ボクの安物スーツはともかく、久慈樹社長の高級そうなスーツも雨に濡れ始めていた。
「流石に余裕ぶっては居られんな。教会に、避難するとしよう」
「教会って……車じゃなくてですか?」
「心配はいらんよ。アイツのコトでも、ここの教会とはかなり懇意になったんだ」
ボクと社長は、革靴を汚しながら教会へと駆け出す。
かなり濡れたものの、1分もかからずに目的の教会の前へと辿り着いた。
「ふう。いきなり降り出すとはな。お陰で、ビショ濡れだ」
「来た時は、青空が広がってましたからね」
小さな教会へと辿り着いたボクたちは、その小さな正門の前で雨をしのぐ。
白い教会は、観光地にあるような荘厳な造りでは無く、簡素なつつましい建物だった。
「雨に濡れると、外は寒いな。中に、入ろうじゃないか」
「いいんですか、勝手に入って」
「構わんさ。神も、苦悩する使徒を憐れんでくれているだろうよ」
「久慈樹社長は、キリスト教徒では無いですよね?」
「勿論(もちろん)だとも」
悪びれもせず、教会の門を開け中へと入って行く久慈樹 瑞葉。
「この教会はプロテスタントとやらで、中もかなり質素だ」
「キレイな教会ですけど、確かにかなりシンプルな創りですね」
白い壁や柱で構成された小さな礼拝堂には、ダークブラウンの長椅子と年代物のオルガンが置かれ、突き当りには白い十字架が掲げてあった。
「適当に椅子にかけて、服を乾かすとしよう」
脱いだ上着を礼堂の長椅子にかけ、自らも椅子に座る。
けれどもそれ以外の物は殆ど無く、窓にもステンドグラスなどはまっていない。
「社長は……天空教室を、壮大な実験と仰いましたよね」
ボクは、そう切り出した。
「ああ、言ったとも」
神聖なる礼拝堂に、2人の男の声だけが響く。
「それは、なにの実験ですか。実験とは、なにかを証明する為に行われるモノです」
「堅苦しい言い方だな。だが、その通りではある」
窓の外では、相変わらず雨が降り続いている。
「彼女たちを使って、一体なにを証明しようとしているのですか!」
稲妻が光った。
薄暗かった礼拝堂が、一瞬だけ白く輝く。
「残念ながら、企業秘密さ。キミに全てを知る権利は……無い」
「そうですか、解りました」
「おや、やけに簡単に引き下がるね」
「引き下がるワケには、行きません。彼女たちは、ボクの大切な生徒ですから。だからボクは、アナタがなにを企んでいるか、知ろうとするでしょう」
「なる程。キミの知ろうとする権利も、誰にも止められないと言うのだな?」
「アナタには、権力がある。止めようと思えば、止められるでしょう」
「フフ、そんな無粋なマネはしないさ……」
『ドオオォォーーーーン!!! ゴロゴロ……』
(ボクの実験には、キミも……)
雷鳴が轟き、久慈樹社長の言葉をかき消す。
稲妻が新たな豪雨を呼んだのか、教会の外は土砂降りの雨に覆われた。
暫(しばら)くの間、2人の男は口も開かず、礼拝堂の中にだけ静寂が流れる。
「うわあ、もうビショ濡れだよ。もう、いきなり降り出すんだから!」
静寂は、呆気なく女性の甲高い声によって破られる。
「アレ、礼拝堂に誰か居る……信者さんかな?」
小さな門が開き、ズブ濡れの見覚えのある制服を着た女のコが入って来た。
「キ、キミは、エリアか!?」
「セ、先生。どうしてここに!?」
彼女が着ていたのは、天空教室の制服だった。
「ボクは社長と、墓参りに来たら雨に降られて……キミこそ、どうして……」
「ん、どしたの。先生?」
「制服……透けてる」
「え、制服……うわあぁぁッ!!?」
雨で塗れた白いシャツの下の、水色のブラジャーが透けて見えているコトに気付いたエリアは、慌てて胸を隠す。
「もう、先生のエッチィ!!」
「それは無いだろう。だからなんでエリアが、ここに居るんだ」
「わたし、この教会の牧師の娘だから」
我柔 絵梨唖(がにゅう えりあ)は、確かにそう言った。
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