ワンサイドゲーム
倉崎さんが退場してから数分後、クラウド東京スカ―フェイスは反撃の口火を切るゴールを決める。
『決めたのは、なんとルーキーの美堂。圧倒的な長身が宙を舞い、ゴールキーパーのグローブの上から、ヘディングを叩き込んだァ!!』
液晶テレビから聞こえる、大袈裟な実況アナウンサーの声。
『197センチの身長に、このしなやかな身体のバネですからねェ。名古屋のキーパーも、前に出るのが1歩遅れたとは言え、見事なヘディングゴールでしたよ』
解説の末林氏も、VTRのスロー再生を確認しながら声を高ぶらせていた。
「倉崎さんが居たら、こんなに東京のペースになるコトなんて無かったのに!」
そこからは、圧倒的なクラウド東京のペースとなる。
『前半30分まで、良く持ちこたえた名古屋ですが、今は完全にクラウド東京がボールを支配してますね、末林さん』
『なんと言っても名古屋は、倉崎 世叛と言う圧倒的な個性を中心に組み上がったチームですからね。彼の離脱は、そのままチーム力の低下に繋がるんですよ』
『おおっとォ。名古屋のキーパーのクリアボールを、美堂が右に持ち出しシュートに行ったァ!』
『この辺りはまだまだですな。シュートを狙いに行くのは良い心掛けですが、FWであれば枠に飛ばさないと……』
「違う……このシュート、フットサル大会の時に見せたヤツだ」
ボクは、反論しても無意味なテレビの解説者に、文句を言う。
『決まったァ! ボールは大きく弧を描いて、名古屋のゴール左隅に突き刺さるゥ!』
『こ、これは……いやあ、恐れ入りましたね。ゴールの枠を外れていたボールが、急激に曲がってゴールの枠に入りましたよ!』
『本当ですね、末林さん。これではキーパーも、グローブの先を抜けてから曲がっていますから、止めるのは至難の業なのでしょうね』
『倉崎に続き、恐ろしい新人が出てきたモノですな。今年の新人王争いは、倉崎で決まりかと思っていましたが、美堂 政宗の登場で、解らなくなって来ましたよ』
『なんと言っても彼はまだ、高校1年ですからね。とても信じられませんが』
『おっしゃる通り……お、ここで前半終了ですか』
末林氏の言葉の数秒後、前半終了のホイッスルが鳴り響く。
『名古屋リヴァイアサンズとクラウド東京スカーフェイスの試合は、両チームの新人が2得点ずつを取り合って、半分を折り返しました』
『ですが片方の新人は、既にピッチを去っていますからねェ。後半は美堂を、名古屋の守備陣がどう抑えるかが鍵になるでしょうな』
末林氏が、いつも通り都合の良いコトを言った。
だけど後半は、クラウド東京のみが攻めまくる一方的なワンサイドゲームとなる。
『美堂、ハットトリック達成! 後半開始1分、右サイドをドリブル突破してのゴールだァ』
『いやぁ、彼はドリブルも上手いですな。これだけの身長がある選手は普通、動きが鈍くなる傾向なのですが彼は、微塵もそれを感じさせません』
美堂さんの3点目を皮きりに、次々に名古屋のゴールをこじ開けるクラウド東京の攻撃陣。
『おっと、クラウド東京。ここで美堂を下げるようです』
『あと残り時間1分ですからな。彼のこの試合での功績を讃えての、交代でしょう』
クラウド東京のホームであるスタジアムから、拍手喝采が湧きおこる。
『おや、美堂……交代が不服だったのか、ペットボトルを蹴り飛ばしましたよ』
『この態度は、どうなんでしょうねェ。彼はこの試合5点も取っているんだし、監督の意図を読み取って欲しかったですが、まあ若いですからな。それは追々、覚えて行くでしょう』
試合は、美堂さんの交代後すぐにホイッスルが吹かれた。
終わってみれば名古屋リヴァイアサンズは、9-2の屈辱的な大敗を喫していた。
「死神……美堂 政宗」
ボクはテレビを消し、2階の自分の部屋に上がってベッドに寝転ぶ。
「倉崎さんが……負けたのか?」
2人のスーパールーキーの対決が、頭から離れない。
ボクはすっかり、幼馴染みの女のコを尾行していたコトなど忘れてしまっていた。
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