禁断の能力
「闇の魔力……それじゃあボクの身体が、魔王や邪神の力で強化されてるって言うのか?」
舞人は、ツンとした顔で紅茶を飲むルーシェリアに質問した。
「だから、そうじゃと言うておろう」
ティーカップをソーサーに置き、面倒臭そうに答える漆黒の髪の少女。
「元はこの妾も、冥府の魔王にして暗黒の魔王と呼ばれた存在であったわ。それが誰かさんのお陰で、この様な姿へと成り下がってしまったがのォ」
「魔王を女のコにしちゃうのが、この剣の能力だからね」
「その能力をよもや、最強の魔王に最初に使うとは、ご主人サマも肝が据わっていると言うか、ただのアホと言うか……」
「なんだよ、ルーシェリアって、そんなにスゴい魔王だったのか?」
「まあ良いわ。つまりは妾やあの邪神ネビル・ネグロース・マドゥルーキスまでもを、ただの少女の姿に変えてしまうのが、ジェネティキャリパーなのじゃ」
「ただの少女ってワケじゃ、無いだろ。ルーシェリアにしろ、ネリーニャとルビーニャにしろ、魔物と戦えるくらいの戦闘力はあるんだし、魔力も持ってる」
「今の妾の魔力など、元の魔王の頃と比べれば、数百分の一にも満たんわ」
「へェ、そうなんだ」
舞人は呑気な顔で、パレアナが置いて行ったスープを飲む。
「コトの重大さが、解っておらん様じゃの。つまり、ジェネティキャリパーの身体強化能力は、魔王クラスの絶大な闇の魔力を持って行なわれておる。普通の人間が使い続ければ、どうなるか……」
「ど、どうなるんだ?」
「徐々に体が闇に蝕まれ、やがて人間では無くなって行き……最期には魔物と化すか、あるいは闇そのものになってしまうやも知れぬな」
ルーシェリアの瞳が、妖しく紅く光った。
「みんな、お昼ご飯だから食堂にいらっしゃ~い、ってああッ!」
パレアナが、いっぱいの料理を携えて部屋に入って来た。
「舞人ったら、もうスープ飲んでる。お食事は、お祈りをしてからって決まってるでしょ!」
その時の注意勧告は、今は亡き幼馴染みの説教によって中断されてしまう。
「あの時はパレアナに、ガミガミと怒られたな……」
漆黒のガラクタ剣に、幼馴染みの怒った顔を思い浮かべる舞人。
「ルーシェリアは、なるべく魔力を押さえて使えって言ってたケド、2体の魔王を相手にそうも言ってられないか」
蒼き髪の英雄は、剣に力を込めた。
「あのヤロウ、どこへ逃げやがった!」
魔王ベク・ガルが、海水の中をサメのように泳ぎ回りながら、舞人たちの行方を探っている。
「キミの嗅覚を使えば、済むコトでしょ。獣人のコたち、血まみれだったんだし」
合理的な提案をする、魔王スプラ・トゥリー。
「へ、それもそうか。アイツらの血の匂いが、あのデカい建物の中からするぜ」
「あ~い。だったらチャッチャと片づけるよ」
水没した、薄暗い建物の中に侵入するベクとスプラ。
「ここは海龍亭か。中は複雑で広いから厄介だぜ」
「エエッ! ここの海鮮丼、美味しかったのにざんね~ん」
舞人たちが隠れていた建物は、料理人アラドスの父親が営む料亭だった。
「それより、手分けして探すぞ」
「ハイハイ。んじゃボクは、こっちから行くね」
ベクは、スプラと別れて海龍亭の中を探索する。
「血の匂いは、こっちからするぜ。スプラにゃ悪いが、手柄はこのベク・ガルさまが……!?」
急に殺気を感じた、魔王ベク・ガル。
「……な、なにィ!?」
目の前に、蒼い髪をした少年が現れた。
「こんなに魔力を入れるのは、始めてなんだ。死んじゃわないで……」
少年の右手拳が、魔王の顔面にヒットする。
ベクは、建物の壁を突き破って、外へと激しく吹き飛ばされた。
「なに、今スゴい音がしたんだケド!?」
海龍亭の厨房辺りにいたスプラが、轟音に気付き反応する。
「悪いケド、女のコだからって手加減できるか、解らないんだ」
「だ、誰だい!?」
背後から少年の声がして、咄嗟に振り向くスプラ・トゥリー。
「あぎゃッ!!?」
腹部に激痛が走り、白目を剥いて倒れ込んだ。
気絶して海水の中を漂う彼女の後ろに、舞人は冷静な顔で立っていた。
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