苛立ち
「そうですね、先生。放って置いても、騒ぎは勝手に大きくなるでしょうし……」
クララはそう言うと、真っ赤なポニーテールをボクに向け、自分の席に着いた。
「マーク先生も、自己紹介は済みましたか?」
「オー、まだぜんぜん話し足りませんが、自己紹介としては長すぎましたね」
マーク・メルテザッカーは、すんなりとボクに教壇を明け渡す。
「では、授業を始める。みんな、席に着いてくれ」
マーク先生とユミアの関係に、心を持って行かれていた少女たちの騒めきは、しばらく収まるコトは無く、授業を軌道に乗せるのにも苦労した。
1時間の授業はあっという間に終了し、高校までは聞き慣れていたチャイムが鳴る。
教育が民間へと移行してからは、久しぶりに聞く音色だ。
「フー、終わった終わった」
「コラ、レノン。今日の授業は、気もそぞろだったぞ」
「え~、だってユミアとマーク先生のコト、気になるじゃん」
「アロアもメロエも、授業中にスマホをいじってばかりだったじゃないか」
「先生、それどころではありませんわ。ユークリッターをご覧ください」
「ユミアさんとマーク先生の話題が、とんでもないコトになっておりますわ」
「お前たち、授業中は授業に集中してくれよ」
「せやったら今は休み時間やから、スマホに集中しても問題あらへんな」
「キア……それはそうなんだが……」
少女たちはスマホの世界に夢中で、ボクの言葉などどこ吹く風だった。
「それじゃ次の授業は、ちゃんと集中して聞くんだぞ」
ボクはため息を吐き出し、天空教室を後にする。
「もっと魅力のある先生なら、ああいった状況でも収められるのだろうか?」
義務教育があって国がある程度の教育を担ていた時代でも、先生は疎まれる存在であるコトが殆どだったし、授業も多くの生徒にとって有り難くないモノだった。
「今のままじゃ、彼女たちの学力を一定レベルにまで上げるなんて、到底無理だ」
エレベーターホールから、外の見渡せるゴンドラに乗って地上へと向かう。
「レノンもメリーが観てくれているお陰で、いくらかは学力が上がっているが、まだまだ不安だ。キアもあんな事件があって、出遅れているし……」
ガラスには、余裕の無さそうな男が映っていた。
「元はといえば、マーク先生が原因だ。いくらアメリカ育ちとは言え、先生が初対面の生徒にいきなりプロポーズとか、あり得ないよな。まったく……」
よく解らない、苛立ちの感情がこみ上げてくる。
そうこうしているウチに、地上が迫って来ていた。
「ヤレヤレ、これはまた、すごい量のマスコミだ」
下界では、ユミアとマーク先生の格好の話題に喰らいついたマスコミが、大量に待ち構えている。
「仕方ない、地下駐車場にタクシーでも呼ぶか」
ボクはゴンドラの中で、スマホを取り出しタクシーを手配しようとした。
「タクシー呼ぶのって、このアプリで合ってるよな。起動はしたものの、さっぱり解らん。どれを押せば、配車ができるんだ?」
ユミアとは逆で、デジタルが苦手なボク。
「クソ、デジタルってのは、どうしてこうも融通が利かないんだ」
「融通が利かないのは、キミの方じゃないかな?」
背中から、声がした。
「く、久慈樹社長……」
「キミにしては珍しく、苛立っている様だね」
チャラチャラと車のキーを鳴らしながら、涼しい瞳でボクを捉える。
「ボクが……苛立っている……?」
「どうやら気付いては、いなかったのかな。まあ、乗りたまえよ」
ボクは言われるままに、助手席へと乗り込んだ。
地下駐車場を急発進した高級外車は、クラクションでフラッシュライトの波を押しのけ、街中へと滑り出す。
「悪いが、少しばかり寄りたい場所があるんだ。付き合ってくれないか」
「ボクに、拒否権はあるんでしょうか?」
「イヤなら、好きな場所で降ろすよ」
「す、すみません……」
自分でも、自分が苛立っているのを実感した。
「どこへ、行くんでしょうか?」
「なあに、墓参りだよ」
「墓参り?」
「別に、命日ってワケじゃないが、アイツの……な」
ボクは、それが誰のコトか直ぐに理解する。
車は、来た時とは別の高速に乗って街を出た。
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