寄宝アレキサンドライト
「……んで、どうすんの、ユミア?」
「どうすんのって、なにが?」
主語の無いレノンの質問に、栗毛の少女が聞き返す。
「マーク先生のプロポーズ、やっぱ1秒でOKしちゃう?」
「す、するワケないでしょ!!!」
今度は、1秒で拒否した。
「ゲームの中じゃあるまいし、簡単に決められないわ。それに当時は子供だったから、結婚の意味なんて深く考えて無かったのよ……」
リンゴみたいに紅く染まった頬を両手で隠し、ユミアは必死に反論をしている。
「うおお、ユミアがまともなコト言った!」
「失礼ね。わたしは、普段からまともよ!」
他の生徒たちの表情から察するに、レノンの意見の方が優勢のようだ。
「オ~、それはとても残念で~す」
両手を広げたオーバーアクションで、哀しみを表現するマーク・メルテザッカー。
「ゴ、ゴメンなさい、マーク……」
「OK、想定内ね」
「ええ!?」
驚きの声を上げる、ユミア。
「随分と、あっさりしてらっしゃいますね」
「実は、本気や無かったんやないか?」
「モチロン本気よ、キア。でもライア、ワタシ投資家ね。投資家、リスクヘッジするよ」
「リスクヘッジ……ってなんや?」
「一般的には、危険回避みたいな意味ね」
「投資でも同じよ、ライア。リスクを抑えるのが、投資の基本だからね」
「へー、そうなんだ。でも、どうやってリスクを回避すんの?」
「良い質問ね、レノン。投資した株と逆の値動きをする株を買ったり、プットオプションつかったり、手段はたくさんあるね」
「投資は詳しくありませんが、言い換えれば保険をかけたのですね」
ウェーブのかかった赤いポニーテールの少女が、棘のある言葉へと変換する。
「May I have your……(アナタの名前を……)」
「赤柴 紅蘭蘭(あかし くらら)です。そう言うコトで、宜しいですか?」
「イエス、クララ。そうなりますね」
「では、マーク先生は一体、どんな保険をかけたのでしょうか?」
「簡単な話ね。短期でダメなら、中・長期戦略よ。彼女の心がワタシに向くまで、ジックリと待つね」
「本当でしょうか。最初からプロポーズは、ジョークだったと言うコトはありませんか?」
「え……」
ユミアの顔が、一瞬引きつる。
「ジョークじゃ無いよ」
「それはどうでしょう。マーク先生は資産家であり、昔はともかく現在はガールフレンドも大勢いるのですよね。ユミアに対しても、ガールフレンドの1人として考えていらっしゃるのではありませんか?」
「ええ、そうなの!?」
「ユミアも、大勢いるガールフレンドの1人ってワケか」
「資産家の殿方に、在りがちな思考ですわ」
「仕方ない……これ、見るね」
クララに問い詰められたマークは、白いスーツの懐から蒼い小さな箱を取り出し開けた。
「これって……まさか!?」
「ゆ、指輪。銀色の結婚指輪だ!?」
「しかも、メッチャ綺麗な宝石がいっぱいやで!」
天空教室の少女たちの瞳が、小さな箱の中身に集中する。
設置された撮影用のカメラも、美しい宝石の指輪に向けられた。
「指輪はプラチナ。中央の石の周りに、0.5カラットのダイヤが12個配されておりますわ」
「ええ、メロエさん。ですが中央の紫色の石は、アメジスト……いえ、この変色具合はもしや!?」
「寄宝アレキサンドライト……光によって、色が変化する宝石ね」
ユミアが答える。
「へえ、変った宝石もあるんだな」
「でも、ダイヤモンドの方が、高価なんじゃないのか?」
レノンとタリアが、顔を見合わせる。
「まあ、色々とありましてね。これで信じて貰えましたか、クララ」
「で、ですがどうして、初めから指輪を見せなかったんですか?」
質問を被せて、自らの謝罪ターンを飛ばした。
「ユミアは、まだ高校生の年齢ね。流石にチョット、重いのかもと思ったよ」
「結婚指輪だなんって、チョットどころじゃ無くてメチャクチャ重いわよ!」
「でもユミア。貴女はマーク先生を、嫌いと言うワケでは無いのでしょう?」
「え、ええ。メルトとは一緒に居て楽しかったし、良いヤツだわ」
クララは、意図的にユミアに答えさせる。
「そのヘンにして置いてくれ、クララ。ただでさえ大変なコトになっているのに、これ以上騒ぎを大きくしないで欲しい」
ボクは言った。
ユークリッターの映し出すワードの恒星系は、マークとユミアの話題で持ち切りだったし、マンションを囲む外のマスコミたちの喧騒は、激しさを増していたからだ。
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