宇宙はアナログかデジタルか?
~この回の話は、群雲 宇宙斗の知らない場所で起きた物語である~
火星のオリュンポス山の南東には、タルシス3山と呼ばれる3つの山が聳(そび)え立っていた。
北東から南西にかけて、アスクレウス山、パヴォニス山、アルシア山の順で並んでおり、最高峰のアスクレウス山は標高が18000メートルに及び、太陽系惑星で2番目に高い山となる。
「あの女……なんで死刑にならないんだよ?」
アクレウス山を始めとする3山は、全体が大規模な軍事基地に改修されており、大規模艦隊を素早く火星軌道上に展開させるコトも可能となっていた。
「火星の6個艦隊を、壊滅させちまったんだ。死刑でもおかしくないだろ」
「オレの姉さんも、艦隊に配属されていたんだ。チキショウ!」
「まあ、一番の戦犯はマーズ総司令官だろうが、宇宙の藻屑になっちまってるしなあ」
3山はそれぞれ、300から500キロの広大な裾野を持っており、広過ぎる敷地に築かれた、巨大基地の中を行き交う兵士たちが不満を漏す。
「あの女、今はここの地下牢に繋がれているらしい」
「じゃあこの基地で、刑を執行するんだな」
基地には、発着すべき巨大艦隊の姿は無く閑散としていた。
「噂じゃな、あの女は死刑にはならない」
「な、なんで。一体どれだけの人間の命が、失われたと思って……」
総司令官を始めとした幹部が全て宇宙の塵となったコトで、軍の統制も乱れている。
「あの女、どうやらマーズ総司令官の子供を、身籠っているらしい」
「な、なんだって。それじゃあ!?」
「ああ。例え親にどんなに重大な罪があろうと、腹の中の子にまでは罪が及ばないってのが、今の火星の法律だからな。少なくとも子を産むまでの間は、生きられるってワケだ」
「どうしてだよ、オレの姉さんは死んだってのに」
「ま、せめてもの救いは、相手艦隊の司令官が物分かりの良い人間だったってコトだ」
「今ンとこ、火星も占領されてねェみたいだしな」
兵士たちは、不満だらけの顔で宇宙を見上げながら、歩き去って行った。
そこから地下に、数百メートル潜った地下に、彼らが言っていた地下牢はあった。
「おのれ……群雲 宇宙斗。よくも、マーズさまを!!」
蒼く発光するレーザー格子に囲まれた牢に、1人の女が閉じ込められている。
「そりゃあ、逆恨みってモンだ。相手の艦隊に敵意は無かったって言うし」
「元はと言やあ、マーズ総司令官が自分の功を焦って、暴挙に出たのが原因なんだろ?」
「勝手にケンカ売って、勝手に甚大な被害を出し負けた。同情する価値もねェわ」
「アホな大将は、敵より怖いってね」
「そんな無能司令官に、尻振って近づいたのが、アンタの運の尽きよ」
「なんですって、下民どもが。わたしはカルデシア財団の、後継者の1人で……」
「それは、昨日までの話だろう。今のアンタは、ただの囚人だ」
牢の番をしている兵士たちが、牢に繋がれた女を罵った。
「カルデシア財団は、とっくにアンタを見限ってるよ」
「後継者の権利も、はく奪されてるっての」
兵士たちに言われても、女はさほど動揺せずに押し黙る。
「どうやらアンタ自身が、1番良く解ってたみてェだな」
「ナキア・ザクトゥって、アンタの名前が付いた艦も接収されちまってるしよ」
「ま、腹の子が出てくるまでの余生を、せいぜい愉しむんだな」
牢の番兵たちは、何処かへ行ってしまった。
俯いた女の前には、味気の無い食事を容れた食器が置かれている。
「わたしは……ナキア・ザクトゥ・センナケリブ……どうしてこんなコトに……」
ナキアは顔を両手で覆い、伏せって泣いた。
「……マーズさまァ……」
愛する男の遺した命の入った腹を、摩りながら嗚咽(おえつ)を洩らす。
『お前、もう一度愛する男に、その身を委ねたいか?』
誰も居なくなったハズの地下牢に、女の声が響いた。
「え……?」
ナキアが顔を上げると、牢の前に魔女のようなローブを着た女が立っている。
『この宇宙は、アナログか……デジタルか?』
「な、なにを言って……!?」
混乱するナキアの前で、ローブの女はレーザー格子を容易く抜けて、牢の中へと入って来た。
「レーザー格子を……どうやって!?」
『お前の愛する男を、甦らせてやろうと言うのだ』
女の顔が、ナキアの目の前にまで迫る。
「マーズさまを……でも、クローンなんて意味ないわ」
ナキアは、目の前の女を突き放した。
「例え姿形は似せられても、クローンにわたしと過ごした記憶はない。例え記憶を操作できたとしても、それは偽りの記憶だわ」
『フフ、言ったでしょ。この宇宙は、アナログかデジタルか……』
「宇宙が……一体、どう言う意味!?」
『宇宙がアナログなら、わたしと言えど無限は再生できない』
「宇宙がデジタルだったら……どうなるっての?」
『お前の愛する男は、完全にかつての姿のまま、お前を愛した記憶を持って復活するでしょう』
そう言い残すと女は、牢の中の闇へと消えて行った。
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