幼き日の英雄
「勇者……ボクが憧れたあの人は、どんな時だって諦めなかった!」
因幡 舞人は、幼き日のコトを思い出していた。
地方都市ニャ・ヤーゴの丘の上に建つ、小さな教会。
蒼い髪の幼い少年は、誰も居ない聖堂に1人座っていた。
7色の光が差し込む、鐘楼のステンドグラスを見上げる。
「これこれ、舞人。また1人で、こんなところで。お前も他の子たちと、外で遊んで来なさい」
少ししゃがれた声が、少年に指示した。
茶色いローブを着た、白く長い髭の神父だった。
「いいよ、外は暑いし……」
ヒザを抱え込んで、拒否する舞人。
外からは、少年や少女たちの騒がしい声が聞こえる。
今では最年長となった舞人も、この時の教会には年長者の子供が大勢いた。
彼は、幼い兄弟の1人に過ぎなかった。
「お前は先の戦で、戦場となった街の生き残りじゃ。あの凄惨な光景を目の当たりにして、塞ぎこむのも解らんでは無いが、そろそろ前を向く時ではないかの」
神父の言葉にも、少年はヒザを抱え押し黙ったまま動かない。
「やれやれ、仕方の無いヤツじゃのォ。ではお前に、これをやろう……」
神父は少年が座る長椅子に、1冊の本を置いた。
「これ……なんの本?」
「赤き髪の英雄の、冒険の物語じゃよ。お前も本を読むのは、好きなようじゃからな」
神父が立ち去って、しばらくして少年は本に手を伸ばす。
それは子供向けに書かれた英雄譚であり、幼い舞人はその内容に心惹かれた。
「英雄……勇者……ボクも、なりたい」
漠然とした思いが、少年を少しだけ前向きにさせる。
「なあ、舞人。お前、シャロリューク・シュタインベルグって知ってるか?」
それからしばらくして、教会の年長の兄たちが、興奮しながら舞人に語った。
「なんでもパーティー率いて、ハイエルフの街の窮地を救ったんだってさ」
「それが何と、まだ少年って話だぜ。スゲェだろ?」
「髪が真っ赤だから、赤毛の英雄って呼ばれてんだぜ」
「赤毛の……英雄?」
この時、蒼い髪の少年の前に、本物の赤毛の英雄が現れる。
いつしか少年は、シャロリューク・シュタインベルグに心酔して行った。
真っ白だった彼の心は、情熱的に赤く染められる。
「ボクは、シャロリューク・シュタインベルグ、赤毛の英雄だ!」
ただの木の枝と捨てられていた鍋の蓋を手に、石の手すりの上に立つ少年。
「舞人、危ないよォ。ここは、崖の上なんだよ」
「大丈夫だって、パレアナ。なんてったってボクは、赤毛の英雄……うわあッ!?」
崖から堕ち、頭に大ケガを負っても、少年は英雄に成り切るのを止めなかった。
時が経ち、彼を拾った神父が天に召された頃には、年上の兄や姉たちは職を得たり、養子として引き取られたり、あるいは互いに結婚などをして教会を離れ、舞人とパレアナが最年長となる。
「ボクは……赤毛の英雄なんだァ!!」
身体は大きく成長し、ボロボロのマントとそれなりの装備とで、見た目は英雄に近づいた舞人。
「オイ、またあの間抜け(スチューピット)が、バカやってるぜ」
「いい加減、自分が英雄で無いコトくらい、気付けっての」
幼き日には笑って許された行為も、彼が成長するにつれ嘲りの的となった。
「ボクは、赤毛の英雄……いや、ボクは!!」
過去を断ち切るよう、叫ぶ舞人。
蒼い髪の少年は、機能しなくなった剣を持って、岩陰から飛び出す。
幼き日に手にした、木の枝よりは幾分か頼りになるように思えた。
「よう、舞人ォ。腹ァ、決まったか?」
クーレマンスが、後ろを振り返りもせずに言った。
「はい、クーレマンスさん。ボクは、シャロリューク・シュタインベルグにはなれないケド、ボクだって英雄にはなれるんだ!」
ジェネティキャリパーを身構える。
「オイ、弱そうなのが飛び出して来たぞ」
「ん~興味無いかな」
ベク・ガルと、スプラ・トゥリーの2体の魔王は、舞人を敵とすら思っていない。
「アナタたち、その坊やはサタナトスさまが警戒されていた、魔王を少女の姿へと変える剣の持ち主よ。今は剣が機能していない様だケド、復活されたら厄介だわ」
クーレマンスと槍を交え始めたガラ・ティアが、ベクとスプラに命令する。
「しゃァねェ。さっさと終わらすぞ」
「瞬殺して、そっち行くからね」
ベク・ガルとスプラ・トゥリーは、槍を舞人に向けた。
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