海の女王と王子
海洋国家フェニ・キュアの最大都市である、海底の街カル・タギア。
街そのものが、美しい芸術品でもあった。
市場は腕の良い漁師たちの獲った魚介類で溢れ、商店には海域の周辺国家との交易品も並んでいる。
海鮮料理を振る舞う海龍亭の、金色のタツノオトシゴの看板が街の名物として輝いていた。
けれどもそれは、数時間前までの光景である。
「深海の宝珠が……輝いてる?」
バルガ王子は途切れそうになる意識を振り絞って、瓦礫を跳ねのけ立ち上がった。
魔王アクト・ランディーグの金剛槍に貫かれた脇腹からは、ドボドボと血が溢れ出している。
『バルガ……我が愛しの息子よ……』
宝珠から、優しい声がした。
「お袋! 大丈夫か。今、オレが……」
崩壊した海底神殿の瓦礫に埋まる、巨大ホタテ貝の形をした宝珠。
王子は脇腹を押さえながら、一歩一歩宝珠に近づく。
「オイ、王子がまだ生きてるぞ」
「ヤダ、しぶと~い。でも、あの傷じゃすぐ死んじゃわな~い?」
「だが何やら宝珠が光っておるし、放って置くのもマズかろう」
魔王アクト・ランディーグの後ろにいた、かつては七海将軍(シーフォース)だった3人の魔王たち。
「なら、勝負すっか。誰の槍が、最初に王子の心臓を貫くのかをな」
「キャハハ、面白そうじゃない。乗った乗ったァ!」
「下らぬ余興ではあるが、まあ付き合ってやるか」
「そんじゃ、勝負と行こうぜ」
小さな血だまりを作って歩く、瀕死の王子に向かって3本の槍が向けられる。
「だが勝つのはこの、メディチ・ラーネウスよ。我が蒼流槍、『ジブラ・ティア』を置いて他に無え」
メディチはアクトとは異なる悪辣な顔をした海龍族で、口に小さな鋭い牙を無数に並べ、蒼い鎧を纏い、尾はやたらと長かった。
手にした槍の穂先にも、無数の小さな牙が並んでいる。
「なに寝ぼけちゃってるかな~。勝つのはモチロンこのアタシ、ペル・シアの破黄槍『バス・ラス』に決まってるっしょ」
ペルは、先が黄色の黒い針山の様な尖った髪をした少女で、黒い革ジャン風の鎧に、黄色いワンピースの水着を着ていた。
彼女の槍も、先端が針山のようになっている。
「イヤ、勝つのはオデ、ソーマ・リオじゃないかな。この橙引槍『カニヤクマリ』もあるし」
ソーマは、他の2人に比べ圧倒的に巨漢で、茶色い鎧に、オレンジ色のゆったりした着物を着ていた。
彼の槍の先は、モップの様に横に広がっている。
「んじゃ、行くぜ。オラ!」
「うりゃあ!」
「フウン!」
3体の魔王の、3本の槍がほぼ同時に放たれる。
槍は、バルガ王子目掛けて一直線に飛んだ。
『我が子を、これ以上傷付けさせはしません』
再び深海の宝珠が光り、王子を狙った槍の全てが弾かれる。
「な、槍が弾かれただとォ!?」
「ヤダァ、なんで?」
「女王の仕業に、決まっているだろ」
3本の槍は、それぞれの主の元へと還っていた。
「すまねえな、お袋。逆に、アンタに助けられちまった」
『母が息子を救うのは、当然です。今、この海底都市カル・タギアは、海に消えようとしています』
「サタナトスってヤツの仕業だ。オレが海龍亭なんか寄ってなくて、もっと早くに来ていりゃあ……」
『結果は同じだったでしょう。かの者の計画は、すでに始まっていました。ヤホーネスからの船の到着を待って、計画を実行したのだと思います』
「どの道ってトコか。だがアンタが無事で良かった。女王まで失われたら、この街を覆う泡のドームが完全に消えちまう。深海の宝珠に隠れてりゃ、ある程度は持ちこたえるだろう」
『いえ。宝珠をこじ開けるのに、7海将軍の槍が集えば数日とかからないでしょう。それに海皇である我が夫、ダグ・ア・ウォンまで、大魔王として目覚めてしまったら……』
「その期間も、もっと短くなるってワケか。だが、どうする!?」
宝珠を背もたれにして、思案するバルガ王子。
『わたくしが、アナタに眠る力を引き出します』
「オレに……眠る力?」
『アナタは、海皇の血を引く王子。その身体には、黄金の力が眠っているのです』
「オレに、そんな力が?」
すると、深海の宝珠と呼ばれる巨大なホタテ貝が、徐々に閉じたフタを開き始める。
「な、何をしている、お袋。今、宝珠を開いたらどうなるか。アイツらの、槍が狙っているんだぞ!?」
『それでもアナタを目覚めさせなければ、ならないのです』
光り輝き、閉じた殻を全開に開く宝珠。
その時、3本の槍が女王の身体を刺し貫いた。
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