深海の宝珠
「クソ、敵の親玉に逃げられちまったぜ!」
自分の国を破壊した張本人を逃し、怒りのやり場が無いバルガ王子。
「わたしたちはこれから、魔王と化した7将軍を相手にせねばなりません」
「ここはむしろ、幸運だったと考えるべきかもね」
王子に対し、今すべき目標を提示するリーフレアとリーセシル。
「うむ、一理あるな。アイツが最後に吐き捨てて言った通り、親父が大魔王と化しこの国を破壊しちまう前に、何とかしねェとな」
オレンジ色の長髪を掻き上げながら、覚悟を決める。
「王子、残念ですが今の貴方の力では、何ともなりませんな」
王子の前には、紫色の海龍の魔王の姿があった。
「テメー、アクト・ランディーグ。このオレに、舐めた口きくじゃねェか」
「バルガ王子、この魔王の元になった7将軍は、どんな人なの?」
「やはり王子にとって、因縁浅からぬ人なのでしょうか?」
「アクトはオレの養育係で、見ての通りの堅物さ。オレがガキん頃から、槍とか銛とか剣とか、とにかく武芸全般はコイツに叩き込まれたモンだぜ」
「つまりは王子、オメーの師匠ってワケか」
「ま、そんなところだ。クーレマンスの旦那」
「オメー、武器持ってねぇだろ。コイツとは、オレがやるぜ」
「イヤ、魔王はもう1人居るんだ。コイツはオレが何とかするから、旦那はガラ・ティアを頼む」
「だ、だがよ……」
「あの蒼い髪のガキの剣は、使い物にならねェんだろ。さっさと行ってやんな」
言われたクーレマンスが王子の視線を追うと、ガラ・ティアの珊瑚色の槍が生み出す泡の衝撃で、舞人が吹き飛ばされ壁に叩きつけられている。
「お、おう。だが、無茶はすんな。魔王ブッ倒して、直ぐに戻って来るからよォ!」
筋肉ムキムキの巨漢は、慌てて舞人たちの加勢に向かった。
泡のドームは崩れ、海水が瀧となってあちこちで流れ落ちる、破壊された海底都市。
石畳の道路も河となり、多くの建物が倒壊し海水に沈んでいる。
そんな場所で、紫色の海龍と王子は向き合っていた。
「王子、幼少の頃より指南しておりますが、闘いは互いの能力や戦力差を見極めるコトこそ重要。武器も持たない丸腰のアナタが、魔王となり絶大な力を得た我に適うハズも無いコトくらい……」
「ヘイヘイ、アクト。オメーの説教も、いい加減聞き飽きたぜ。御託を並べてねェで、さっさとかかって来たらどうだ」
「では、そうさせて貰おう」
アクト・ランディーグは、自慢の槍を構えて一直線に突進する。
「真の魔王となった我の、深紅の金剛槍『オロ・カルコン』を受けるがいい!!」
「相変わらず、猪突猛進だな。そんなモン、当たるかよ」
王子は素早く右に避けて、突進をかわそうとした。
「真の魔王となった我に、そんな小細工など通用しない!」
海龍の魔王は素早く方向を変え、王子の右わき腹に槍を突き刺した。
「グハッ、マ、マジかよ。この動き、前より圧倒的に早く……」
「我の攻撃は、まだ終わっていない」
アクト・ランディーグは、王子もろとも槍を破壊された海底神殿に突き立てる。
「ガアアァァーーーーッ!!?」
僅かに残っていた大理石の石柱らも崩れ、破砕された石辺が激しく飛び散った。
「さて、どうですかな、王子。自分が如何に無力な存在か、理解されましたか?」
「グフッ……うう……」
瓦礫に埋まる瀕死の王子を、見降す魔王アクト・ランディーグ。
「周りを、御覧なさい。アナタの仲間たちも、既に冥府へと旅だっているのですよ」
神殿には、王子の他にも複数の人間が横たわっている。
「オ、オイ……ビュブロス、ベリュトス、返事しろ……」
王子の命令にも、腕利きの漁師の兄弟は横たわったまま答えなかった。
「アラドス、シドン……ティルス、お前まで……」
海鮮食堂の名料理人も、知識豊富な海洋学者も、王子の側近の少女からも、返事は返って来ない。
「ククク、王子が酔狂で集めた海皇パーティーは、オレらが倒して置いてやったぜ」
「7将軍のうち3人も相手に、抵抗しきれるとでも思ったのかしら、キャハハ」
「後は、深海の宝珠をこじ開ければいいんだな」
魔王アクト・ランディーグの背後に立つ、3体の影たちが言った。
「クソ……オレは、こんなところで……」
魔王と化した、4人の7将軍を前に王子は絶望する。
その時、深海の宝珠が眩く光り始めた。
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