お魚パワー
「な、オレのパスが、読まれていただと!?」
九龍さんが落したボールに背後から飛び込んで、旗さんの前でカットする。
「スゲー。一馬のヤツ、ポストプレーを予測してやがったのか!?」
「ポストプレイは、最も予測し易いプレイの一つですからね」
「落とす相手との間に入って、カットすれば良いってか。なる程ねえ」
柴芭さんの分析に、腕を組み納得する紅華さん。
「でも、奪ったところで、どうなるね。レギュラーは全員、体力の限界よ」
「攻撃に繋げられる選手は、いないと言うコトですか」
「イヤ、雪峰。後半から入った、汰依、蘇禰、那胡が居るぜ。アイツらなら……」
「紅華が 推薦するだけあって、確かに3人は良い選手よ。だけど、局面を打開できる選手、違うね」
セルディオス監督も、相変わらず辛らつな現実を突きつける。
「こんなサイドライン際でボールを取ったところで、無駄ですよ。キミは一体どこへボールを、出すって言うんです?」
旗さんが、直ぐに気持を切り換えてボールを奪いに来る。
……確かに、ボールを預ける先が無い。
着地した九龍さんも、体制を立て直しプレッシャーをかけて来る。
ど、どうしよう!?
「一馬、こっちだ!」
ペナルティーアーク付近で、誰かが手を上げている。
ボクはそこに、パスを入れる他無かった。
「ナイス判断、一馬」
ボールを受けたのは、3枚のセンターバックの一番右に配置されていた、野洲田(やすだ)さんだった。
「守備は任せたぜ、龍丸の旦那」
「ウム、ヤツらがどんな陰謀を廻らせていようと、止めて見せる」
「……っしゃ、いっちょぶちかましてやんぜ!」
野洲田さんは、龍丸さんにバックラインを任せて、ドリブルを開始する。
「何なんだ、今度はまた違うセンターバックが、オーバーラップし始めましたよ。3枚全員が、リベロだとでも言うんですかァ?」
愚痴を言いつつも旗さんは、再び切り換えて野洲田さんを後ろから追っていた。
「湯楽さん、ここはボクがアタックに行きます。後ろ、任せましたよ」
「了解。なるべく、自分でボール取ってね」
「解かってますって。後半から入った選手で、ボクだけまだ何も活躍してませんからね」
やる気のない先輩に、そう宣言した湧矢さんが、野洲田さんの前に出て勢いを止めようとする。
「マグロって魚は、止まると死んじまうんだ。悪いが、ここで止まるワケには行かねェ!」
何の躊躇も無く、突進する野洲田さん。
「うわ、ちょっとマジかよ!?」
このままでは、正面衝突をしてしまうと判断した湧矢さんが、進路を開けつつもタックルを繰り出す。
「温いな。そんなタックルじゃ、マグロの勢いは止められんぜ」
「ぐわッ!?」
タックルの脚ごと弾き飛ばし、直線的なドリブルを続ける野洲田さん。
「オラオラ、もっと魚喰え。骨を太くせんと、パワーが生まれんぜ」
野洲田さんは、ドリブルの勢いのまま、湯楽さんにショルダーチャージを喰らわす。
「ぎゃあッ、痛いィ!?」
これまで、何人ものドリブラーを止めて来た湯楽さんの壁が、簡単に突破される。
「な、なんだか、意外に脆いな。アイツには、オレですら止められたのによ」
ベンチの紅華さんが、悔しさを滲ませた。
「あの湯楽と言う選手は、ファーストボランチにアタックに行かせ、かわしたコースを読み、長い脚(リーチ)でボールを刈り取るプレイを得意とする。どうやら接触(コンタクト)プレイは、それ程得意では無い様だな」
「マジかよ、雪峰!?」
「まさか、そんな弱点があったなんてなァ」
2人のドリブル―は、顔を見合わせ感心する。
「どいつもこいつも、カルシウムが不足してんなァ」
野洲田さんが、海遊するマグロの如き勢いのまま、脚を振り合上げる。
「やらせるかァ!」
けれどもその背後には、旗さんが迫っていた。
「今度、ウチの食堂の魚定食、喰いに来な!」
僅かに早く、シュートが放たれる。
緩やかな弧を描いたシュートは、狩里矢のゴール右隅に吸い込まれた。
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