切られた火蓋
「だ、大丈夫ですか!」「クーリアさま……」「お気を確かに!」
シルヴィア、カミラ、フレイアが走り寄って、椅子から落ちそうになるクーヴァルヴァリアを支える。
「貴女たち。このロッジの中にも、医療施設があるわ。みんなで運ぶから、手伝ってくれるかしら」
ロッジ風ゲストハウスの主である、セミラミスが言った。
「イヤ、わたしが運ぼう。ただし彼女は、時の魔女に洗脳されている可能性がある。そこの3人の娘たちも含めて、厳重に監視はさせて貰う」
アポロはそう宣告すると、許嫁の少女をダビデ像の様な胸に抱える。
3人の少女たちも、護衛対象であるクーリアの元を離れるワケにも行かず、アポロに従って会議室のリゾート部屋を出て行った。
「フウ。気難しい議長サマは、暫し席を外された」
金髪の好青年が、部屋からアポロが出て行ったのを確認しながら口を開く。
「そこで聞いて置きたいんだが、宇宙斗艦長。アナタは、アナタ自身の周りで起こった不可解な事象について、どう思っているんだい?」
「メリクリウスさんは、ボクの言葉なんて信じてくれるんですか?」
「そうだな、正直なところ、艦長の言葉全てを信じているワケじゃない。でも、全てがウソとは、どうも思えなくてね」
「わたくしも、同様に感じました。ウソにしては、余りにも話を盛り過ぎだわ。少なくとも、上手なウソの付き方では無くてよ」
「これはこれは。上手なウソの付き方を、是非ともレクチャーしていただきたいモノです」
「ご冗談を。わたくしがアナタに教えられるウソなんて、何もありませんわ」
曲者同志、心の内を見せないメリクリウスとセミラミス。
「最初に宣言した通り、信じるかどうかは任せます。艦で起きた出来事を、お話します」
ボクはそれから、MVSクロノ・カイロスの艦長となってからの出来事を、要約して話した。
「待たせたな。では、会議の続きを始めるとしよう」
けれども、2人に話の感想を聞く時間すら与えられず、議長が戻って来て強引に会議は再開される。
「アポロさん。ボクからも質問があるのですが、構いませんか?」
「それは、我々の質問が終わってからにしてくれ」
「オイオイ。この会議の一応の名目は、査問審判なんかじゃなく、勢力同士の交渉会議なんだろ。だったら、構わないんじゃねえか?」
プリズナーが、大量の嫌味を織り交ぜながら、雇い主の顔色を伺った。
「一理はあるか。何なのかね。手短に頼みたいところだが」
相変わらずの高圧的な態度ながらも、許可を得るコトに成功する。
「『時の魔女』についてです」
「何を言い出すかと、思えば……」
「アナタ方は、時の魔女の存在をご存じですよね?」
ボクの質問に、始めてアポロが口を噤んだ。
「アナタ方は、時の魔女の存在を既に知っていた。一体、時の魔女とは何者なのです?」
トロピカルなリゾート風の会議室に、沈黙が流れる。
セミラミスさんと出会った時の、瀧の流れ落ちる音が大きく聞えた。
「それが解らないから、こうやってアナタに尋問紛いの詰問をしているのですよ」
メリクリウスが、沈黙を破って答える。
「ですがアナタ方は、時の魔女に対して、あり得ないくらいの警戒心を抱いていた。何の情報も無い無害な相手であれば、そこまで警戒心を抱くとも思えません」
「時の魔女が……無害な相手だと!?」
「無害な相手とは、思っていないってコトですよね。アポロさん……」
カッと目を見開いたまま押し黙る、太陽神。
「時の魔女に対して、アナタ方がそこまで警戒心を抱く理由は何です?」
矢継ぎ早に、質問を繰り出す。
「時の魔女が、今の中枢勢力であるアナタ方に対して、何らかの脅威だからでしょう?」
会議室に、再び静寂の空気が流れた。
近くを飛ぶカラフルな鳥の鳴き声や、昆虫たちの羽音が、場違いなSEを演奏している。
『ドゴゴゴゴォォッ!!』
けれども今度の静寂は、轟音によって破られた。
「な、何だ。家が、揺れているぞ!?」
日本に住んでいたボクの身体が、咄嗟に地震と判断してしまう。
「この揺れ……一体、何事だ」
「確認するわ。ブリッジに繋いで」
アポロの問いに応えたセミラミスが、胸のコミュニケーションリングに指示を出した。
すると、ヤシやハイビスカスの群生する庭を写していた全面ガラス戸に、メカニカルなブリッジの映像が映し出される。
「緊急事態です。現在、マーズ様の宇宙空母打撃群が、クロノ・カイロスとの交戦を開始しました」
オペレーターが、戦端が開かれたコトを告げた。
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