崩壊する海底神殿
双子司祭と舞人が、アドラスのさばいた海鮮料理に舌鼓(したつづみ)を打っていると、座敷に座っていた5人の最後の1人である男が、口を開いた。
「ところで王子。我らを集めたのは何も、高名な双子司祭に料理を振舞う為では無いだろう?」
男は切れ長の目に、美しいアイスブルーの瞳を讃えている。
細身の身体にヒスイ色の着物を纏い、藍色の長い髪をしていた。
「まあな、シドン。実は上の世界が、大変な事態になってやがるみてーでよ。オヤジに会う前に、お前の意見を聞いて置きたかったのよ」
「具体的には、何が起きている?」
「オレも聞いてはみたが、まだ理解したとは言えん」
「バルガ王子。もう1度、詳しく話させて下さい」
ヤホーネスが誇る双子司祭の妹であるリーフレアは、集まった一同にサタナトスに関する経緯を、理路整然と伝える。
「なる程。サタナトスと言う脅威が、ヤホーネスの都をも破壊したと仰るのですね」
「そうだぜ、シドン。しかも、赤毛の英雄は……」
「バルガ王子、そこは出来る限り内密にお願いいたします」
「あ、ああ。そうだったぜ」
リーフレアにたしなめられ、頭を掻く王子。
「しかしよォ、にわかには信じられんな。人を魔王に変えちまう剣なんてよ」
「だけどよ。その剣で魔王にされちまってたから、シャロリュークは負けちまったんだろ?」
ビュブロスとベリュトスの漁師兄弟が、一同に問いかける。
「正確に言えば、ボクが魔王になったシャロリュークさんを、女の子の姿に変えてしまったからなんです。本来の力があれば、シャロリュークさんが負けるハズが……」
事実を話すうちに項垂れる、舞人。
「だが、本来の力を発揮できない少女の姿の、赤毛の英雄は破れた。そして、王都はサタナトスの召喚した魔王によって破壊され、王も亡くなられたのですね」
「はい、シドン様。現在は亡き王に替わって、孫娘であらされるレーマリア皇女が、女王となって国を復興しようとされているのです」
「サタナトスってのは、とんでもねえ野郎だな。幾ら魔族との混血で、人間から迫害されたからってそこまでするかいな?」
料理人のアラドスが、腕を組んで天を仰いだ。
「そんな狂気の男が、我が国の宝である海皇の宝剣『トラシュ・クリューザー』を、狙っている……と」
「その通りです、ティルス様。サタナトスは、天下七剣を手に入れようとしているのです。その1振りであるトラシュ・クリューザーも、恐らくは」
「良く知らせて下された。王子よ、さっそく王に上奏を!」
「だがな、シドン。あの父上が、オレの言葉を信じ遭ってくれると思うか?」
「それは、日頃の王子の行いが悪いのが、原因でしょう」
「確かに王子と来たら、この辺りの海を義賊とか言って荒らし周ってっからな」
「実際、ただの商船に脅しをかけて乗り込んだりとか、どっちが海賊だか解かんねぇぜ」
「うっせェな。ホントの海賊だって、居たんだよ」
「ほぼ商船ですケドね。商人たちから、商いに支障をきたすと苦情が出てます」
「ティルス……お前まで」
「この期に、素行を改めるコトですね。王には、双子司祭の名を示せば、謁見は可能でしょう」
「そうか、流石は海洋学者だけはあるぜ、シドン」
「海洋学者なのは、関係ありませんよ、王子」
「なあ、リーセシルにリーフレア。名前を使っても、構わないか?」
「モチロンだよ」
「その為の、使者ですからね」
「すまねえな。それじゃ、早速……」
バルガ王子が立ち上がった、その時だった。
「うわああ!?」
「じ、地震!?」
「建物が、揺れてます!?」
海龍亭が、激しい揺れに襲われる。
木で組まれた柱の何本かは、折れて石畳の床に突き刺さり、天井を支えるガラスが数か所で割れて、店に海水が流れ込んで来た。
「一体何が起こってやがる!?」
「まさか既に、神殿が狙われているのでは!?」
直ぐに最悪の事態を想定する、シドン。
「オ、オヤジ!?」
バシャバシャと水浸しの床を駆け、店の外へと飛び出す王子。
その視線の先には、崩壊する海底神殿の姿が映っていた。
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