スキャンダラスな出社
『ご覧ください。ユークリッドの女子高生アイドル教師・瀬堂 癒魅亜と噂になっている、天空教室の若手教師の新居の前に、先ほど一台の高級外車が横付けされました!』
テレビの中の女性リポーターが、世話しない声で捲し立てている。
『流石はユークリッドの教師ともなると、若いのに豪邸に住んでますね、現場の新鞍さん』
『はい。こちらの邸宅は何と、かの芸能人夫妻・安曇野夫妻が住まわれていたんですよ』
レポーターの言う通りボクが居る家は、アロアとメロエの両親である芸能一家が暮らしていた。
『新鞍さん、それは本当ですか。安曇野夫妻と言えば、その娘である双子の姉妹が……』
『そうなんです。天空教室のグラマラスな双子姉妹として、現在SNS上で話題になっている安曇野 亜炉唖(あずみの あろあ)、安曇野 芽魯画(あずみの めろえ)のお二人なんですよ!』
『つまりこの教師は、かつて教え子が住んでいた家に、暮らしているのですか?』
『はい、仰る通り……あ、今車のドアが開きました』
黒塗りの車から、サラサラヘアの若い男性が降り、群がったマスコミのカメラが向けられる。
画面に、『フラッシュの点滅にご注意ください』の文言が、表示された。
「一体、この騒ぎはなんだ。地味で平凡だったボクの日常とは、ほど遠い景色が広がっているぞ!?」
すると、車から降りた男がカメラの前で堂々と、スマホをかけ始める。
同時に、手に持ったままの自分のスマホが震えた。
「もしもし、久慈樹社長ですね」
「ああ、そうだよ。随分と、大変な騒ぎになっているじゃないか?」
騒ぎの渦中にある男が、他人事の様に言った。
「社長の登場のおかげで、騒ぎに一層拍車がかかりましたケドね」
「何を言っているんだい。社長であるボクが、直々に迎えに来てあげたんじゃないか。さあ、早く準備を整えて、出て来たまえよ」
「その車に……乗らなきゃいけないんですか?」
「地下鉄やタクシーで移動できると思えば、そうすれば良いさ」
言われてボクは、テレビの画面を見る。
蟻の子すら通れなそうなマスコミの人の群が、それは不可能だと告げていた。
「仕方ありません。社長に迎えまでさせて、これ以上待たせるワケには行きませんからね」
ボクは言を決して、玄関のドアを開ける。
真夏の太陽を直(じか)見したかのような光の連射が、ボクの眼を眩ませた。
『今、玄関のドアが開きました』
『本当に、瀬堂 癒魅亜とは何も無かったんでしょうか?』
『先生、教師であるあなたが、教え子に手を……』
我先にと、ボクにマイクや小型の録音機材を突き付ける、各局のリポーターたち。
相手をしたところで不利を被るだけと判断したボクは、リポーターの海を掻き分けながら、必死の思いで車まで辿り着く。
「やあ、お疲れ。キミも少しはコイツらの鬱陶しさを、理解出来たかな?」
「はあ、まあ……」
ボクはそのまま、助手席に乗り込んだ。
「さて、出社と行こうじゃないか」
社長がクラクションを鳴らすと、マスコミの群れは抵抗を示しつつも道を開ける。
「意外に、すんなりどいてくれるんですね?」
「コイツらも、交通の妨げをしてはならないと言う、道交法は心得てやがるんだ」
久慈樹社長の運転する車は、なんとかマスコミの中から抜け出して高速道路に入った。
「まだ何台か、後ろを付いて来る車がありますよ」
「放って置けばいいさ。それよりユークリッターも、キミのお陰でかなりの知名度を獲得出来た。配信前のプロモーションとしては、申し分無いよ」
「それはどうも……」
ボクは、友人の顔を思い出す。
アプリの開発に携わっている人間の心境は、こんなモノだろうかと思った。
「どうだい、スターになった気分は?」
「スターになんか、なってませんよ」
「フフ、それはキミじゃなく、世間が判断するコトさ」
「ボクは自分の失言によってだから仕方ない部分もありますが、ユミアには迷惑をかけてしまいました」
「迷惑……ねえ。彼女は、どう思っているのかな?」
「ユミアですか。そりゃあ、ボクが軽率な失言をしたばかりに大変な騒ぎになって、迷惑がってるんだと思いますよ?」
「まあ、確かにそれもあるだろうね」
「他に……何かあるんですか?」
「ヤレヤレ、キミも中々にアレだな」
同い年の社長は、運転しながら肩を竦める。
「彼女の、キミに対する気持ちだよ」
それはボクにとって、予想だにしていなかった言葉だった。
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