高級外車
「さて、どうしたモノか」
枝形先生や、その友人たちと邪馬台国談義に花を咲かせ、ほろ酔い気分で帰路に就いたったボク。
家の周りにまで、マスコミの記者やカメラマンらしき取材陣が、張り付いていた。
深夜で人数も少なかったのが幸いし、強行突破で走り抜け玄関のカギを閉める。
鳴りやまないインターフォンの受話器を取ったまま、布団を被って寝てしまった。
……と言うのが、昨日の夜の出来事だ。
「オイ、お前の新居の前、とんでもない人だかりが出来ているぞ」
久しぶりに友人から連絡があって、ボクはスマホに出る。
「ああ。こっちは生(ライブ)だ。近所迷惑も甚だしいんだが、どうしたモノか……」
2階のカーテンの隙間から、チラリと外を覗いた。
友人の言葉通り、マスコミの取材陣が大挙して押し寄せている。
「お前一体、ユミアちゃんに何やらかしたんだよォ!?」
「何もやらかしてなどいない。強いて挙げるなら、失言ってところか」
とりあえずコーヒーを煎れ、トースターに食パンを突っ込んだ。
「ホントか? ホントに、ユミアちゃんとは何も無いんだな!?」
「当たり前だ。ボクは教師で、彼女はボクの生徒だぞ」
「だから、問題なんだろ。天空教室の先生と女子生徒の、禁断の恋なんてよォ!」
「だから、手など出していない。何が禁断の恋だ、まったく」
「……ってかお前、いつの間にユークリッドの先生になんかなってやがったんだ?」
「そう言えば、言ってなかったな。お前もゲーム会社に就職して、忙しそうだったし」
「まあ忙しい時期もあったケド、ゲームミュージックだからな。曲は出来てもゲームの完成までは、ほど遠いなんてのもザラだ。ウチは、中堅ゲーム会社の下請けだから、ヒマな時の方が多いかもな」
「そうか、下請けだったのか」
「お前みてーに、ユークリッドに就職決められるホド、幸運の持ち主じゃねェよ」
確かにボクは、幸運だったのだろう。
「あれだけユークリッドを毛嫌いしてたお前が、よくもまあユークリッドに就職出来たよな。コネがあるワケでも無いのに、どんな裏技使ったんだ?」
「自分が一番、驚いているよ。お前が奨めてくれたネットの求人サイトで、家庭教師の求人があってな。行ってみたら、依頼人がユミアだった」
スマホを耳と肩で挟み、パンにマーガリンを塗って頬張る。
「マ、マジか。お前、ユミアちゃんに雇われてるのか?」
「元々はそうだ。彼女の家庭教師のハズが、まあ色々とあってな」
「でも、なんでユークリッドの数学教師であるユミアちゃんが、家庭教師なんか雇うんだ?」
「オレも意外に思ったが、数学以外とか、社会勉強とかかな」
「オマ……社会勉強とか言いながら!?」
「ホントの社会勉強だ。彼女は完全なるインドア派だから、タクシーすら1人で乗れない有り様でな」
「そっか。世間知らずのユークリッドのお嬢様ってのは、納得かもな」
「彼女も、お前が考える程、お気楽な立場じゃ無いんだよ」
リビングに座ってコーヒーとパンを置き、テレビのチャンネルを変える。
どの番組もウチの玄関先を写しながら、アイドル教師ユミアとボクの関係を好き勝手妄想していた。
「久慈樹社長も、火消しに動く様子も全然ないし、何時になったら収まるのやら」
「そりゃあユークリッドの新作アプリ、ユークリッターの知名度アップのプロモにゃ、持って来いのシチュエーションだからな」
「ゲームクリエイターらしい意見を、どうも」
「ま、オレがクリエイトしてんのはミュージックだけだが、騒ぎは当分収まらんぞ」
「オレもそう思う。これで、どうやって天空教室に辿り着けと言うんだ……」
ボクはスマホを切るが、矢継ぎ早にスマホが鳴る。
母親や妹など、一通りの家族や親類からの問い合わせを処理していると、玄関の方でマスコミが騒めき始めていた。
「何だ、近所から苦情でも出たのか?」
そう思ってテレビを見ると、ウチの玄関先に黒塗りの高級外車が停まっていた。
前へ | 目次 | 次へ |