優秀な指揮官と戦士
「うわあ、ヤバいよ。後半早々、同点にされちまったァ!?」
黒浪さんが、焦っている。
「マ、マズいであります。実力も経験も、相手部隊の方が上なコトは明白。ここは一端、守勢に転じるべきでありましょうか?」
「杜都。お前も相変わらず、ノミの心臓だな。守ったところで、キーパーは海馬コーチだぞ」
「紅華の言う通りだ。ウチは攻撃にタレントを揃えたチームで、守備を得意とするチームじゃない。そんなチームが守勢に周ってしまえば、押し込まれ一方的展開になると予想される」
「ですが雪峰キャプテン。今は相手に、中盤の底の3枚とセンターバック3枚の間のバイタル(得点を奪われ易い)エリアを、好き勝手使われてしまってますよ」
占い魔術師が言った。
振り返ってみれば、得点の半分はバイタルエリアを相手に使われ奪われている。
「そうだな、柴芭。ではバイタルを狭めて、この位置でボールを奪おう」
「良い考えだと思います」
「ふ、2人とも、凄いでありますな。瞬時に戦術分析が出来るなど、優秀な指揮官(コマンダー)であります。それに比べ、自分などはただ狼狽するばかりで……」
正直それは、ボクも杜都さんと同じだった。
雪峰さんはデッドエンド・ボーイズのキャプテンだし、柴芭さんもフットサル大会ではチームを率いるキャプテンとして参加している。
「杜都、確かにお前は命令が無ければ、自ら判断するのが苦手な選手だな」
「面目無いであります……」
「だが、命令さえあればお前は、優秀な戦士(ソルジャー)だ」
「自分が……優秀なソルジャーでありますか?」
「ああ、相手のボールに最初にアタックするのが、お前の役割だ」
「りょ、了解であります!」
屈強な肉体の戦士は、脚を揃えて敬礼をした。
試合は、失点したボクたちのボールで再開される。
「ここは、オレたち3人で点を取って行くしかねェぜ」
「せやな。あのヘボキーパーのお陰で、難儀なこっちゃ」
「オレ、また相手の裏狙うから頼んだぜ、ピンク頭!」
「わ~ったよ。今はそれが、一番得点狙えそうだからな」
紅華さんが、得意のドリブルで旗さんを抜いた。
「甘いって。ワザと抜かせたんだ」
「あ~あ。メンドい」
湯楽さんの長い脚が、再び紅華さんからボールを刈り取る。
「ホレ、旗。今度はオレ抜きで決めてね」
「キミはホントに、動くの嫌いなんだな。ボクなんか逆に、ジッとしていられないのに」
「キミはホント、犬みたいに動き回る……あ、もう居ない」
旗さんが、ドリブルを開始する。
紅華さんの華麗な技巧派ドリブルとも、黒浪さんの高速ドリブルや金刺さんのサーファーっぽいドリブルとも違う。
「オイ、アイツ中盤をスルスルと抜けて行くぞ!?」
「マズい、また失点してまうやんけ!」
とにかくタッチ数が多いから、小まめに方向転換するコトが出来るんだ。
「九龍。旗のヤツ、身体が温まって来たみてーだな」
「旗はオレとお前の、どちらかに合わせて来る気だ」
「言われなくたって、解かってるさ」
新壬さんと九龍さんが、今度は2人同時に重なってペナルティエリアに侵入する。
何か考えがあるに、違いない。
「2人とも、動いてくれてますね。それじゃあボクも……」
「やらせはせん!」
旗さんが、大きく吹き飛んだ。
「うわあ!?」
そのままコロコロと、地面に転がる。
「も、杜都だ!」
「杜都が、ボールを奪ったぞ」
優秀な戦士の美しいタックルが、旗さんからボールを奪っていた。
「雪峰指令!」
「おう、黒浪!」
杜都さんから渡されたボールを、ダイレクトで前線に出す雪峰キャプテン。
「ナイスパスだぜ、キャプテン」
ディフェンスラインの裏を狙った浮き球は、長身の湯楽さんの上を越えて黒浪さんの足元に収まる。
「決めるぜ、ガアアアアァァーーォッ!」
ディフェンス2枚に背中を追われながらも、黒狼はそのままシュートを放った。
「おし、決まっ……!?」
「ああ、ポストだ!?」
シュートは惜しくもゴールポストを叩き、ルーズボールは相手キーパーに押さえられてしまう。
「黒浪も前半から、アップダウンを繰り返していたからな」
「プレイ制度が、明らかに落ちてますね……」
優秀な2人の指揮官が、 直ぐに味方の情報を修正する。
動くと思われた試合は、それから中盤のせめぎ合いに終始した。
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