サンゴの街
マストが2本つある大きな船が、巨大な渦に呑まれた。
周りの海が渦を巻いて海流の壁となり、対して水面は徐々に下がって行く。
「うおお、凄いのだ。海の底に着いちゃった」
「海の底が港になってる。魚みたいな船がいっぱいだ」
「あ、天井が閉まって、元の海に戻って魚が泳いでる」
ヤホッカ、ミオッカ、イナッカの3人の獣人娘たちが、目に映るモノ全てに興味を示していた。
「泡のドームが、物珍しいのか。それにしたって、随分と忙しい娘たちだな?」
バルガ王子が、誰も居なかった操舵輪を操り、船をピタリと港の桟橋に付ける。
「申し訳ございません。女王陛下の側近の方々なのですが、商売の知識があるとのコトで、強引に着いて来てしまわれたのです」
リーフレアが、丁寧に頭を下げた。
「なる程な。獣人族は色んな種族の国や商人と、幅広く交易してると聞く。あざとく、商機を嗅ぎ付けたってワケか」
「まあ、そんなトコなのだ」
「この船の船倉にも、フェニ・キュア人が好みそうなモンいっぱい積んでるよ」
「これだけの船、人だけ乗せて走らすのは勿体ないからな」
「商魂たくましい、ヤツらだな。確かに我がカル・タギアは、海の底にあるから海産資源以外はいつも不足してやがる。交易とあれば、断る理由も無いだろうぜ」
そう言うとバルガ王子は、船の舳先から港へと軽やかに飛び降りる。
王子の指示で、船は帆を折り畳まれ、桟橋からタラップが掛けられた。
「そんじゃアタシらは、さっそく商売するよ」
「商館や市場で、商売してるから」
「王宮の方は、任せたぁ」
3人の獣人娘が、タラップをタカタカと駆け下りて行く。
「話が早くて良かったね。あのコたち、連れてきて良かったかも」
「結果的にですケドね。姉さまは、楽天家なんですから」
レーセシルとリーフレアの双子司祭も、船を降りようとしていた。
「あの……クーレマンスさんは、起こさなくても大丈夫なんですか?」
「まあ起こしたところで、大して役には立たないし」
「船にもお酒にも、酔ってしまわれるのですから困ったモノです」
「い、いいのかなあ。起きても誰も居ないんじゃ、ビックリすると思うケド……」
舞人も仕方なく、司祭たちの後を追った。
「うわあ、サンゴの街だ。上から見たときは、綺麗なサンゴ礁にしか見えなかったのに」
「どの家も、サンゴが生えた岩を繰り抜いて作ってあるからな。道路だけが、泡の魔法で建物の出入り口に繋がってんのよ」
「海皇さまや海の女王さまの魔力は、やっぱ絶大だねえ」
「泡の魔法で、これだけ巨大な海洋国家全域を支えておられるのですから」
「ま、海皇の宝剣『トラシュ・クリューザー』の、加護があってのモンだがな」
王子が、天下7剣の1振りの銘を口にする。
「実はこの度、カル・タギアに参った理由ですが、トラシュ・クリューザーを狙っている者が居るとお伝えするのが主たる目的だったのです」
リーフレアが、理路整然と旅の目的を伝えた。
「なにィ。海皇の宝剣を狙っている輩が、居るってのか!?」
「そうなんだ。サタナトスってヤツでね。魔王を放ってヤホーネスの王都をメチャクチャにしたのも、そいつの仕業なんだよ」
「魔王を放ってだと。何者だ、そのサタナトスと言うヤツは?」
「人間に恨みを持った、人間と魔族のハーフです。サタナトスの剣は、魔力の大きな人間を、魔王に変えてしまう能力を持ってるんです」
舞人が、谷間の村のシスターの日記にあった内容を、大まかに話す。
「そいつがどんな恨みを抱いているかは知らんが、国の王都1つを破壊する理由にはならんだろ。ましてや、カル・タギアの宝剣を渡す気なんざ、更々無ェぜ」
「ですが、王子。油断はなりません」
「天下7剣のうち2振りも、サタナトスの手に堕ちちゃってるからね」
「な、なんだとォ。そんなバカなッ!?」
「はい。エクスマ・ベルゼと、バクウ・プラナティスが、かの者の手に堕ちてしまいました……」
「そ、それでは……赤毛の英雄が、敗れたと言うのか!?」
ファン・二・バルガ王子は、激しく動揺していた。
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