大海原
「舞人さん。フェニ・キュア人の棲むサンゴの街は、もうすぐです」
大きな丸い眼鏡をかけた、ピンク色の綿菓子みたいな髪の女の子が言った。
「そうなんですか、リーフレアさん。でも、ここって大海原のド真ん中ですよ?」
蒼い髪を海風に靡かせた少年が、疑問を顔に浮かべる。
彼らは黒い船体の、真っ白な四角い帆の帆船に乗って、海原を走っていた。
「当たり前じゃん、舞人くん。だって相手は、海の民なんだよ」
先ほどの少女とは、眼鏡を掛けていない以外は瓜二つの少女が得意げに胸を張る。
「ですがリーセシルさん。いくら海洋民族と言っても、こんな海の真ん中に街は……」
「舞人さん。下、見てください」
リーフレアが、船べりから海を指さした。
「下って、魚でも居たんですか?」
「フフ、もっと驚くモノですよ」
舞人は促されるままに、海を覗き込む。
「うわあ、さ、サンゴ礁だ。しかも、メチャクチャ向こうまで広がってる!?」
太陽の光が届くくらいのヒスイ色の海の底には、色取り取りのサンゴの森が広がっていて、幻想的な景色を創り出していた。
「フッフッフ、やっぱ驚いたね」
「ここが海洋民族、フェニ・キュア人の住む街です」
「え、でも確かに凄い景色ですケド、これってただのサンゴ礁ですよね?」
「なあ、見ろよ。蒼い髪のあんちゃん!」
「こっちの海、泡がブクブクいってるぞ」
「なんか、人が上がって来てる」
3人の獣人の少女たちが、反対側の船べりから大きく身体を乗り出して、海を覗き込んでいる。
「ヤホッカ、ミオッカ、イナッカ。パンツ、見えちゃってますよ」
「それに、離れた方が良いと思うよ。危ないから」
「へ?」
「危ないって……?」
「おわぁ!!?」
3人の少女たちの目の前に、いきなり巨大な水柱が立ち上がる。
船が大きく揺れ、尻もちを突いて倒れる獣人少女たち。
「な、あんな高くに……人が!?」
舞人が眩しい太陽を、手で隠しながら空を見上げる。
帆船の帆先よりも高くなった泡の柱の天辺で、人が蜻蛉を切っていた。
「テメーら、何しに来たァ。ここは、海人の縄張りだ」
大量の水と同時に、甲板に着地した男。
降り注いだ激しい水流が、舞人やヤホッカたちを押し流す。
「事と次第によっちゃァ、無事に帰すワケには行かねえぜ!」
男は手にした銛を、双子司祭に向けた。
「貴方は、ファン・二・バルガ王子ですね?」
双子司祭の妹が、眼鏡を直しながら問いかける。
彼女たちの周りには、降り注ぐ水を弾く魔法障壁が張られていた。
「ほう、その魔法力。噂に名高い、ヤホーネスの双子司祭か?」
男は、突き出していた銛を肩に掛け、腕を組んで問いただす。
「そうだよ。まるで鮠(ハヤ)みたいな身のこなし、流石だねえ」
「姉さま、ちょっと馴れ馴れしいですよ」
「構わねえさ。海人は堅苦しいのは、どうも苦手でな。それより、ヤホーネスの司祭が何の用だ。王が亡くなったと聞くが、ウチと新たな同盟でも結ぼうってのか?」
「それは、是非お願いしたいと思っております」
「あー、言って置いて悪いんだが、オレに外交の決定権は無え。国同士の交渉事なら、親父にでも掛け合ってくれや」
「リーフレアさん、この方は?」
立ち上がったズブ濡れの舞人が、こっそりと質問する。
「オイ、テメーなに人の話に割り込んで来てんだ、コラァ!」
「うわあ、す、すみません!?」
銛を顔の前に付きつけられ、平謝りする舞人。
「司祭さん達も、もう少し骨のある従者、連れ歩いた方が身のためだぜ」
オレンジ色の長髪を掻きながら、褐色の肌の男は銛を納めた。
「ん、舞人くんは、従者じゃなくて勇者だよ?」
「ハ、ハイ。わたしの命の恩人なんです」
「ハアァァ、コイツがァァ!?」
これでもかと言うくらいに、顔を近づけ舞人を吟味するバルガ王子。
「胡散臭えな。どう見たって、ウチのガキ共の方が強そうだぞ?」
「ア、アハハ……」
苦笑いを浮かべる、蒼き髪の英雄。
「コイツはアレだが、アンタらならまあ、信用して構わんだろう。街に案内してやるから、そこの渦の上に船を付けな」
バルガが銛を向けると、サンゴ礁の上に大きな渦が出現する。
「解かったよ」
「了解です」
双子司祭の風の魔法が、帆船の四角い帆を孕ませた。
「フッ、大した魔法力だぜ」
バルガ王子が指定した位置まで船が進むと、船が大きく揺れる。
「うわあ、こ、これって!」
「船が、渦に飲み込まれるのだぁ!」
「沈没しちゃうぅ!」
3人の獣人娘の悲鳴と共に、船は大海原へと消えた。
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