ラノベブログDA王

ブログでラノベを連載するよ。

王道ファンタジーに学園モノ、近未来モノまで、ライトノベルの色んなジャンルを、幅広く連載する予定です

この世界から先生は要らなくなりました。   第05章・第38話

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蟻の群れ

「コ、コイツの言うコトは、気にしないで。わたしが言いたかったのは、そんなコトじゃ無いから」

 ユークリッドのアイドル教師が、居並ぶ同級生に向かって語りかける。
けれども天空教室の誰もが、顔を上げるコトすら出来ないでいた。

「行けない、このままじゃ……」
 ユミアと他の生徒たちの間に、亀裂が入ってしまう。
そう思ったボクは、カメラの前に立ってワケを話そうとした。

「実はボクは、契約で……」
「契約内容を世間に吐露するのは、止めてくれるかな」
 久慈樹社長が、ボクの肩に手をかけ止める。

「で、ですが……」
「今さら、契約が『3ヶ月以内にユミアの笑顔を取り戻すコト』と言ったところで、SNS上じゃほぼ信じるヤツは居ないさ」

 ボクは腕をかけられたまま、窓際へと誘導された。

「ホラ、見てみなよ。ユークリッター発表の為に本社前に集まっていたマスコミ連中が、一斉にこっちに群がって来ている」
 天空教室のある超高層マンションから見降ろす下界には、人が蟻(アリ)となって群がっている。

「動画を見て、天空教室の方が話題性があると踏んだのさ」
 ボクも、ユミアや他の生徒たちも、ユークリッドが提供する動画コンテンツに過ぎなかった。
みんな、久慈樹社長の手の掌で、良いように踊らされている。

「みんな、そんな顔しないで。ホラ、先生も授業を始めなきゃ」
 ユミアが長いツインテールを、解(ほど)きながら言った。
エンジェルトリックブラシで髪を梳かして、元の栗色のソバージュヘアへと戻す。

「わかった。みんな、席に着いてくれ」
 ボクが教壇に立ち、1人席を離れていたユミアが生徒の中へと紛れる。

 それからボクは、1時間遅れの授業を始めた。
必死に喋ってみたものの、ボクも生徒たちもどこか上の空だった。
1時間が経過し、チャイムが鳴る。

「ふう、やっとわたしの出番ですかな」
 教室を出ると、すれ違いざまに枝形先生が天空教室に入ろうとしていた。

「スミマセン、散々待たせてしまって」
「いいって、いいって。それより今晩、一杯どうだい?」

「は、はあ」
 車で送ってもらった上に、長い時間待たせた手前、断り辛い。

「す、少しだけなら」
「そうかい。ま、どうせ金もあんま持って無ェんで、必然的にそうなりますがね」
 中年のオジサン教師は、意気揚々と天空教室へと入って行った。

「これからは、ボクが受け持つ授業も減るだろうな」
 ボクはエレベーターに乗って、目の前のガラスに自問自答する。

「限られた時間の中で、彼女に笑顔を取り戻せるだろうか?」
 けれどもガラスに映った男は、何一つ答えてはくれなかった。

 エレベーターは1階のエントランスを突き抜け、地下駐車場へと辿り着く。

「さて、どうしたモノか。外から丸見えのエレベーターを使ったのは、失敗だったか。明らかに、マスコミに気付かれてたからな」
 すると、目の前をタクシーが通り過ぎる。

「ボク以外の、誰かが呼んだのか。確かに外の喧騒じゃ、タクシーで出たくもなるよな」
 タクシーは、そのままスロープの坂を登って地上に出ようとするが、クラクションが鳴り響いた。
どうやら地上に出たところで、マスコミの群れに止められたらしい。

「もしかして、ボクが乗ってると勘違いしたんじゃ?」
 自分がどれ位話題になっているか知ろうと、自分のスマホを開いた。

「うわ。ネットのニュースサイトが、ボクとユミアの話題で持ち切りだ。この分じゃSNSやテレビなんかも、とんでも無いコトになっているに違いない」

 ボクがスマホを確認している間にも、タクシーやスポーツカーが何台もマスコミによって止められ、クラクションが何度も鳴り響く。

「本当に申し訳ない。元はボクの失言なんだし、自分に非が無いとは言えないからな」
 一体、何台のタクシーが止められたコトだろうか。
けれどもクラクションが鳴り響く時間は、少しずつ減っている気がした。

「たぶんマスコミがタクシーを、尾行しているからだ。何度も身を隠して、やり過ごしたからなあ」
 ボクが罪悪感で一杯になっていると、後ろから声を掛けられる。

「おや、お若い先生。待っていてくれたんですかい」
 振り返ると、枝形先生が立っていた。

「はあ。外はマスコミが、大量に待ち構えてまして」
「どうだい、また乗ってくかい。飲み屋だから、帰りは地下鉄になっちまうが」

「お願いします」
 ボクは再び、小さな車に荷物の様に押し込まれる選択肢を選んだ。

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