蒼い鳥
熱帯のジャングルが広がる艦内に、流れ落ちる巨大な瀧。
辺りにはマイナスイオンと、シトラス(柑橘系)の甘酸っぱい香りが漂う。
「宇宙斗艦長。貴方とは一度、2人きりで遭ってみたいと思っておりました」
大きな胸の前で腕を組み、人差し指でエメラルドグリーンのラメ入りの唇を撫でながら、セミラミスと名乗った女性が言った。
「ボ、ボクに……もしかして貴女は、クーリアの義姉さんですか?」
「アラ、義妹(いもうと)をクーリアと呼ぶだなんて、随分と親しいのね」
ヒスイ色の瞳が、僅かにほほ笑む。
「え、ええ。友人としてですが」
「そう、他に好きな女性でも、いるのかしら?」
「え!?」
ボクの脳裏には、直ぐにある女性が浮かんだ。
「フフ、どうやら居るみたいね。どんなコかしら?」
「正確には、居たってのが正しいです。彼女は、未来には来れませんでしたから……」
「そう言えば、部下からの報告にあったわね。貴方は、冷凍睡眠者(コールドスリーパー)だったと」
「はい。1000年間、引き籠ってました」
「アハハ、面白い表現をされるのね。でも貴方、見た目は年下なのに、わたくしよりも遥かに年上なのは驚きだわ」
「実際、ボクの時間は、高校生のまま止まっていました。年下で構いませんよ」
「そう……貴方には一層、興味が沸いたわ」
セミラミスはボクに背を向け、歩き出す。
長い紫色の髪の隙間から、大きなお尻が見え隠れした。
「こっちにいらっしゃい。果物でもどうかしら。どれも、わたくしの艦で採れたモノよ」
デッキチェアの隣には、銀色のテーブルが設置してあり、籠に山積みの果物が溢れている。
「この艦の名前も、セミラミス……貴女の名前を、冠した艦なんですね」
「そうよ。この艦は、わたくしの為に建造された艦なの。最も、宇宙豪華客船として人々に娯楽を与える任務があるから、全てが思い通りになるワケじゃないのだケド」
「この広大なジャングルは、セミラミスさんのアイデアなんですか?」
「アラ、随分と気を遣った言葉だコト。よく、おかしな趣味だと言われるわ」
「ボクはけっこう、好きですケドね。この時代の人には、人気が無いんですか?」
「そうでも無くてよ。普通のクルーズ船に飽きた人たちが、普段は大勢乗り込んでいるわ」
「すみません。本来であれば、クルーズを楽む人たちが乗る艦なのに、ボクたちとの会議の為に……」
「いいのよ。人間の見世物としての役割も確かにあるのだけど、偶には休息も必要だわ」
「きゅ、休息?」
「このジャングルにはね。地球で既に絶滅してしまった鳥や蝶なんかも、生息していたりするのよ」
「そ、そうなんですか?」
ボクは辺りを見渡すが、鬱蒼としたジャングルからは時おり鳥の鳴き声が聞こえるくらいだ。
「野生に近い環境で育った彼らは、警戒心が強いのよ。簡単に、人前に姿を見せるモノでは無いわ」
セミラミスは、美しく長い腕を伸ばす。
すると、ジャングルから蒼い鳥が飛んできて、彼女の腕に留まった。
「このコみたいな、アーキテクターの鳥以外はね」
鳥は長い首を、セミラミスの耳元に近づける。
「その鳥、アーキテクターなんですか。本物にしか、見えないな」
「本物……そうね。元々は、生きていたのよ」
「それじゃあ、死んでからアーキテクターに……」
「でもこんな鳥、見たコト無いのでは無くて?」
「え、確かに、色んな鳥が混ざっている感じもしますね。色も蒼いし」
「遺伝子操作や、バイオ技術で創り出されたキメラ種よ」
多くの生物を絶滅へと追いやって来た、人類の歴史。
1000年の時を経た現在の人間は、生物をデザインまでしていた。
「宇宙斗艦長、そろそろ皆さんがお待ちかねだわ。会場に、向かいましょう」
「は、はい。でも、このジャングルを抜けないと……」
「そんな必要は、ございませんわ。会場は、この上ですもの」
そう言うと彼女は、瀧ツボに飛び込んだ。
白い水着が、激しく波打つ水面からだと揺らいで見える。
「プハッ、艦長も早く行らして」
魚の様に飛び跳ねた、セミラミスさんの紫色の髪が扇のように広がった。
「ま、まさかこの瀧を、昇るってんじゃ!?」
「いいから早く、来なさい!」
セミラミスさんはボクの右手を、水の中に引っ張り込んだ。
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