監督のベンチワーク
「何をしてるね、海馬。ホントなら、前半4-0のセーフティリードで終えるトコだったよ!」
前半を終了しベンチに帰ると、いきなりセルディオス監督の雷が落ちた。
「ス、スミマセン。もっと飛べると思ったんスが……」
「そのお腹で、良く言えるね」
「そ、それはお互い様かと?」
「わたしは監督ね。ピッチに立つワケじゃないから、問題無いよ!」
メタボリック・アーマーを身に纏った大人が2人、さもしい言い合いをしている。
「お言葉ではありますが、我が軍はまだ2点のリードをしてるであります」
「地方リーグとは言え首位のチーム相手に、善戦してるんじゃないかな?」
杜都さんと亜紗梨さんが、監督のご機嫌を取る。
「亜紗梨。プロの世界で残るのは、結果だけね」
「は、はい」
「それに相手は、トップチームのオーバーレイ狩里矢じゃないよ。2軍とユースの混成チームね」
「セルディオスさん。監督になってから、めっちゃ厳しくなったよな」
「それは当然ね、クロ。アマチュアなら、ミスしたところで楽しくやってればいいね。でも、プロになってミスを放って置いたら、明日には職を失うね」
「監督の意見も最もだな。海馬コーチも早いトコ贅肉落とさねーと、無職に舞い戻っちまうぜ」
「く、紅華。だが身体が大きければ、どこかに当たる可能性だって……」
「フットサル用の小さなゴールなら、肉の壁になって良いかも知れないケド、サッカーのゴールは広いのよ。開いたトコに打たれて、ドンドン失点してしまうね」
海馬コーチに対しては、一切の容赦が無い監督。
「そりゃあり得るわ。お相手ハンも、2点目決めたとき、わめいとったさかいな」
「相手もプロですからね。弱点があれば、積極的に突いてくるでしょう」
金刺さんと柴芭さんが、後半戦の相手の行動を予測する。
「これは相手のシュートが外れるか、バーかポストに当たるのを祈るしか無いね」
「そ、それは幾らなんでも、あんまりじゃ無いっスか!?」
「悔しいんなら、あんな無様な失点してないで、ファインセーブ見せてから言うね!」
「監督の言う通り、相手は後半開始早々に圧力をかけて、ゴールを狙ってくる可能性が高い。特に開始5分は失点が無い様に、プレッシャーをかけて行こう」
「雪峰……お前、強引に締めて来たな」
「ま、でもキャプテンの言う通りだぜ」
「出だしを挫けば、こちらの流れになる可能性も高まりますからね」
ボクたちは円陣を組んだ後、ピッチに散らばった。
それと同時刻、狩里矢のベンチでは……。
「お前たち、スコアボードに並んだ数字を見て、恥ずかしく無いのか!?」
狩里矢の2軍の監督が、ペットボトルを蹴り飛ばしながら激高する。
「相手はメンバー表を見る限り、キーパー以外は全て高校1年だ。新壬、九龍、お前たちよりも年下なんだ。ユース所属だからと言って、言い訳は出来んぞ!」
4点のビハインドから、2点差まで縮めたと言っても、監督の怒りは収まらない。
「でも監督。相手のキーパーは、雑魚ですよ」
「あんなキーパーだって解かってりゃ、何点だって取れますって」
「中盤を省略して、新壬か九龍に放り込めば……」
「あ、お前ら、中盤の選手だよなあ。中盤を省略って、プライド無ェのか?」
「そ、それは……相手の中盤が意外に厚くてですね」
「下手に中盤で勝負してカウンター食らって、失点でもしたら大変ですよ」
新壬さんを罵っていた4人の中盤の選手が、監督にゲームプランを提案する。
狩里矢の監督は、口ひげを撫でながらため息を吐き捨てた。
「忍塚、旗、湯楽、湧矢、出る準備しろ。コイツらと、交代だ」
「か、監督。またユースの選手を、使う気なんですか!?」
「残念だが、お前らにポジションは無い。さっさと帰って、ゲームでもスマホでもしたらどうだ?」
交代を宣告された4人の選手は沈黙し、ユニホームを脱いでベンチに叩き付けると、本当に試合場を後にする。
「監督、実力で言えば彼らの方が上なのに、良かったのですか?」
「ああ、今のヤツらに何言っても、良いプレイは出来んだろうよ。自分で自分の欠点に気付き、修正出来る様になるまではな」
狩里矢の監督は、九龍キャプテンに哀しそうな眼を向けた。
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